第六十三歩 最後の日、しかし旅の始まり。
「またここに来る」
もう、次なんて無いはずのレンが次を願う。
回復もできず、立ち上がることも出来ないレンだが、魔力を世界時計に注ぎ込むことは出来る。
その途端、世界が一瞬止まり、猛スピードで逆再生していく。
レンやアオイ含む英雄たちは若返り初め、サリアたちも混乱を始める。
オーディンは全く動揺せず、ただ、未知の光景に見とれていたが。
「レンくん、一体何を」
時間を巻き戻すことなんて全く意味は無い。
なぜなら時間を巻き戻すということは、全てを少し前の状態に戻すことであり、時間を巻き戻したことに、世界の誰も気づかないのだから。
だが、アオイという存在が、消える、いや産まれる前に戻る直前。
「サリア、何が起こっているのですか?」
サーリアが巻戻りの間の違和感を感じ、妹の元に戻る。その途中、アオイの近くを通る。
「あなた、誰ですか?」
そして、アオイの年齢がゼロに等しくなる。
だが、レンが何をしたいかが分かった。レンは何かしらの方法で、記憶だけは守れるようにしていたのだろう。さすがはレンくん。そんな尊敬の念だけを思いながらアオイの意識は消滅する。
『やほー、また来たのー』
ノルンの力によって時間の巻戻りから隔離された空間で、オーディンとレンは2人の少女に出会う。
「やあ、久しぶりだな」
『全く、突然巻き戻したりなんかするから1万年ほど若返ったのよ』
それは今と全く変わらないダンタリオンだった。
「やっぱりお前らはこれの影響を受けないんだな」
『アオイや私のような記憶体質は時間なんて超越してるのよ。この程度で忘れるわけがないかしら』
「ま、だから俺は無理なんだがな」
レンが何かをした訳では無い。元からアオイは記憶を昔に持っていける体質だったのだ。
『それで、そこまでしてアオイを救おうとしている理由、そろそろ教えてくれても問題は無いのかしら』
「そうだな」
アオイがレンを頼り、アオイをレンが救う理由。
「そうだな、まず、俺の特徴を知ってるかどうか聞かないとな」
『演算能力が、高いことは知っているのよ』
ライトが運動能力に長けていて、アオイが記憶力を、そしてレンが演算能力を持っている。
「だが、その代償というか、性質というか、実は俺は人と同じ性能の脳なんだよ」
それは平均的なスペックのPCで、スーパーコンピュータと同じ性能を出していると言うようなもの。そんなことできるわけが無い。
「いや、100パーセントの能力を出してるんだよ」
『普通の人間が20パーセントしか出せてないというのは迷信なのよ』
「いや、必要最低限の生命維持以外の全てを演算に回すんだよ。記憶とかな」
それは脳の1部の機能だけに特化するということ。
「だから俺の記憶は1週間ほどしか持たない。メモを使えば記録しておくことは出来るが思い出すことが出来ない」
『不便ではあるけども、致命的ではない欠点かしら』
「いや、致命的だよ。だって自分が何をしてきたかをひとつも覚えていないのだから」
人よりも高い知能を持ち、様々な偉業を立ててきたレンだが、その全てが記憶にない。
「自分が生きてきたことを、この世界に刻み込めない。これほど悲しいことは無いだろ?」
『お前が覚えてなくても、助けられた人間は覚えているものかしら』
「俺が感じたことも、俺の考えも、何もわからないやつが覚えていても意味ないじゃないか」
それはクレナイ レンという別人の偉業だ。自分のことだと思い込めない。
「だけど、数年前にそんな葛藤は終わったんだよ。いじめられているアオイに出会った」
その時のアオイは正義という悪に殺されそうになっていた。
そんな、少女を助けた時に、レンはその少女に救われた。
「アオイは俺の記憶をそのまま記録できたんだ。俺の考えも気持ちも全て、だからアオイの中の俺に覚えていて貰う、そんな希望が見えた」
アオイにとってレンは救ってくれる存在だった。
だが、それと同じく、レンにとってもアオイは救いだったのだ。
何も覚えられないレンの代わりに、アオイが記憶してあげる。
だからこそ、アオイはレンを頼り、そんなアオイをレンはそばに置いているのだ。
『アオイひとりでどこまで行けば時間のループは終わるのかしら』
「オーディンが死ぬ要素が揃った時」
『そこまで諦めずに行けると思ってるのかしら』
「ああ、だってあの約束をもっとも鮮明に覚えているのはアオイなんだから」
だからこそ、どれだけ長い時間がかかってもアオイはレンを信じる。レンの言う通りにすれば必ず救われると信じているから。
「さて、そろそろ続きをやろうか」
これだけの時間の中でレンの体は完全再生していた。
『ヴァルハラの中での英雄は、どれだけ傷つけられても時間が経てば再生する』
『あの、繰り返す時間軸とは隔離してあるのー』
ここはあの時間軸から取り残された遺産たちだ。
「アオイの準備が整うまで、殺すだけの要素は揃ってないけど、どれだけ時間がかかるかわからないけど、とりあえず」
暇つぶしに殺し合いでもしよう。
完結です!
8月中に『魔王勇者の無双の旅』に少し付け足すのでそちらも読んでください。