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第六十一歩 感情の沼

「確かに、肉体は揃っている」


 いま、ここにある全ては、儀式の時にエリザベスの体を構成するものだ。


「でも、魂は?」

「……魂」

「肉体に魂が宿って初めてそれは生き返る」


 魂とはエネルギーである。それは生命エネルギーとも呼ばれる生きる上で必要なもの。


「魂は消えてしまったらもう、戻せない。とは言っても新しく作ることは出来ない」


 等価交換のこの世界で命に変えられるものは命しかないのだから。マイラがクローンを作る時に、誰かほかの人の命を犠牲にしたように、どれだけの奇跡でも命を新しく作ることは出来ない。


「なら、どうしろと」

「君が持ってるじゃないか」


 ゆっくりと近づき、ライトの胸に指の先を当てる。

 そして額に角を持つ魔神は初めて魔神らしく非情に告げる。


「君がここで死ねば君の持ってるその魂を彼女の形に変えて生き返らせてあげるよ」


 もちろん、そんなことをすればライトはエリザベスに会えない。


「悩む、それは人間に与えられた生き残る術だよ。悩むからこそ最善をつくせる」

「いいぜ、殺してくれ」


 一切悩まず、即答。


「本当に人間らしくない。まるでコンピュータだ。自分の命と彼女の命を計りに乗せて客観的に判断するなんて人間らしくない」


 ただ、サリアにとって今はそれでいい。


「じゃあ、おやすみ」


 サリアの手によって魂が抜かれ、ライトが絶命する。

 そしてライトの魂と、神と魔王の血肉によってエリザベスが、また、この世に生まれる。


「ここは、どこですか?」

「魔王城。慌てなくていいよ、ライトが既に魔王を殺してる」


 一瞬慌てそうになるが、その言葉を聞いて少し落ち着く。


「私は魔王に盛られた毒で死んだはずです」

「生き返らせたんだよ。ライトが」


 そして魔神はまだ混乱しているエリザベスに絶望を告げる。


「自分の命と引き換えに」

「え?」

「死んだんだよ、君のために」

「─────ぅ」


 口に手をやり、とめどなく溢れてくる涙と湧き出てくる吐き気に顔を歪ませる。


「魔王に殺されたわけじゃない。君のために彼自身が望んで自殺した。それは事実だよ」


 ライトも役に立った。最後の最後まで理解したくない男だったが、彼のおかげで、今、彼女は苦悩し、様々な感情の嵐の中にいる。


「さて、クレナイさんの所には姉様が行ってくれてるけど、私も行っちゃおっかな?」


 泣くエリザベスを1人残して天界に帰る。


「私だけが残った」


 アリスにあげた鎧はそこでドロドロに溶けて広がっている。そして目の前には冷たく、動かなくなった愛すべき人。


「ライト、ごめんね。あの時、魔王に殺されて、実は嬉しかったの」


 幼き少女には重すぎる、帝国の民からの期待と、実の兄からの殺意、それらが父の死とともに彼女の背中に乗っていたのだ。

 父が死んでも泣くことは許されず、逆に希望になれと民が願う。そして兄からは父と同じように死ねと願われる。


「魔王のいる街に行かされるよりも兄様に暗殺者を送られるのが嫌だったの」


 昔は優しかったはずの実の兄が、権力のために殺しにくる。

 それはとても悲しいことで、何度泣いたか分からないくらい、嫌だった。


「こんな世界から解放されるなら方法が死でも良かった」


 今まで生きてきたのはライトがいたからで、ライトと会うのが楽しみで、このプレッシャーに耐えていた。


「私、実は強くなんてないんですよ。普通の弱くて、脆い女の子なんです」


 ライトが携帯しているアーミーナイフを手に取り首に当てる。


「ごめんね、ライト。今までありがとう。いま、行くね」


 命を捨てて生き返らせてくれたライトの犠牲を無駄にする行為。だが、ライトなしで生きていけるほどエリザベスは強くない。

 ヒーローという光がなくなったこの世界は、ただの闇だから。


 アーミーナイフが喉を切り裂き、絶命させる。

 首筋から血が溢れ出し、ライトと、エリザベスの体を赤く染める。

 たとえヒーローだろうが、一国の希望だろうが血の色は赤い。

 でも、その血の色は単調な赤ではなく、混じりあった複雑な紅。


 なるほど、確かに。普通の人間というのはこれ程深いのだ。たとえ表面は綺麗でも、奥に潜ろうとすれば泥ばかりで底が見えないような、そういう沼のようなものなのだ。そう考えればライトは水溜まりのように薄い。


 やっぱりボクは、そこを隠したがる人間の、人間らしさが好きみたいだ。

 分かりたいと思ったことは1度もないけど、サリアがライトを嫌ってる意味が分かった気がする。



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