第五十八歩 資本主義のエースと学園国家の天才
「あなたが救いたいものの中にあなた自身はいないんですね」
「お前は死ねるのか?」
「私は死ねますよ」
自分を自慢するかのように、自信満々に答える。
「だって、私はクローンですから、私の夢は私たちの誰かが叶えてくれますよ」
研究対象であるマイラを、そう簡単に魔王の元なんかに行かせるわけが無い。
あくまでクローンだからこそ、彼らは送り出したのである。
「じゃ、私は行きますね」
マイラが魔王の元に向かう。
その間、ライトには悩むだけの時間があった。
人間の代わりなんているわけが無い、代わりがやってくれるからなんて理由で諦めきれるのか?
だが
そんな疑問は彼女に対して生まれない。
自分のやることにも疑問なんて生まれない。
「さて、俺も行くか」
「ん? ライトは置いてきたのか?」
「あんな正義感の塊、邪魔なだけです。どれだけ障害があろうとまっすぐにしか進めないなんて、ただの馬鹿ですよ」
障害となる壁を乗り越えるのではなく、壊すことで突破しようとしているマイラには、ライトが理解できない。
「じゃあ、始めようか、マイラオリジナル」
「私がオリジナルだってよく分かりましたね」
「その体はクローン体だが意識はオリジナルだろ? 即席の天才なんてもので勝てるわけがないからな、俺に」
どちらも自分に絶対の自信を持っているナルシストで、それ故に、分かり合える。
「確かに、お前は強い、でも人の覚悟を踏み潰せるのはそれ以上の覚悟があるやつだけだ」
自分は死んでもいいなんて考えるライトや、自分が死んでも次がいると考えているマイラには、レンほどの覚悟はないと
勝手に勘違いしている。
「そうですね。私が死んでも代わりはいます。でもクローンが何から作られるか知っているでしょう?」
「親しい知り合い。縁があるものの体だ」
命を無から作り出すのは不可能。故に今生きている人間の遺伝子を書き換えて、自分のクローンに作り替える。
「さすがの適応力ですね。人間は鬼人族のクローン体として上手く適応してます」
今ままで様々な装飾品で隠してきたその手足を見せる。
そこには幅が10センチ近くもあるベルトが着いていた。そのベルトは無数の玉に覆われていて、その玉一つ一つが淡く光っている。
「私が持つ14256体のクローン、その全てがここにあります」
オリジナル以外の全て。親しかった友人を、自分の利益のために殺した結果が全てここに揃っている。
そのうちのひとつを手に取り、形を剣に作り替える。
「私と同じ体ですからとても馴染みやすい。魔力にだって変換できます」
このクローンはマイラの覚悟だ。
確かにマイラは自分自身をかけてはいない。だが、親友とも呼べる存在が、自分の夢のために命をくれた友達が、マイラの手の中にある。
「魂というものは莫大なエネルギーを持っていて、それは魔力にも変換できます」
彼女はいくつかの玉を空中に浮かせる。
「あなたの太陽とどちらが強いか勝負してみますか?」
ライトが、マイラの仕掛けた罠を解除しながら魔王の城にたどり着くまでにかかった時間は数十分ほど。だが、そんな短い時間でも戦闘が集結するには十分すぎる。
「マイラは、」
「魔法使いの女の子なら今死んだぞ。うん、強かったな」
マイラの最終手段、クローンをエネルギーとしての消費。だが、それだけの事をやってもレンは死なない。
「でも、お前も死にかけじゃねぇか」
「だから言ってるだろ? 強かったって」
既にレンの治癒力は枯渇していて、血を止めるために、骨をつなぐために、自らの体を太陽で焼き、何とか命をつなぎ止めている。
それはマイラの死が無駄でなかった証であり、神話の住人を、1人の少女が引きずり下ろした証。
「俺の太陽も、どんな魔法も無効化されて彼女の魔力へと変換された。数発で理屈を理解して応用するなんて、物理学の範囲では俺以上だろうな」
ただ、心理学、戦術学に分野でレンの方が勝っていた。
「その余裕は、死んでも生き返らせることができるって考えがあるからだな?」
もし、その通りなら失笑ものだ。
魔法に長けたマイラでも、科学の最先端を行くレンでも、人を生き返らせることは出来なかった。マイラだって生き返ることが出来ないから誰かを犠牲にするしかなかったのだ。
「さて、殺ろうか」
「まだ、戦うつもりなのか?」
レンは既に満身創痍で、今までのように戦えるわけがない。
それに対してライトはまだまだ戦える。これもマイラが仕掛けてくれた時間稼ぎのおかげだ。
「例えボクシングの世界チャンピオンでも、上位のボクサーとの連戦に勝つことは出来ない」
それは戦術とかいうレベルではなく。ただの数の暴力。だが、弱ったレンがライトに勝てないのは決定された未来。
「それでもやるのか?」