第五十六歩 神と招かれざる客。
扉に手をかけて、思いっきり開く。
一歩踏み出したそこは、暗黒。何も見えない暗闇の中をただ、自分の感覚だけを信じて突き進む。ただ、ただ、進む。
『あれがゲートをくぐるのを良く止めなかったのよ』
ダンタリオンが、ライトのいなくなった扉を眺めながら、アリスたちに聞く。
『あれが危ないのはお前たちの生存本能がよく分かっているのかしら。あれが死ぬかもしれないのに止めなかったのは信用、とかいう馬鹿げたものを持っているからかしら』
「たしかにそれもあるわね。でも、安心できるのよ。ライトなら生きて帰ってくるっていう安心が、ね」
「私にとっては神速のがどうなろうと魔王さえ殺せたらそれでいいですから。もしこれで死を体験することによって強くなるのなら願ったり叶ったりです」
非道で、自分のこと以外考えられない、そんな存在だが、だからこそ、周りを蹴落としてこの高みまで登ってきたのだろう。
「それに、神様にとって、ライトは邪魔者のような存在なんじゃないですか? 扉の奥にある魔法陣、拒否反応を示してましたよ。まるで、お前は来なくていいなんて言ってるみたいに」
暗い、何も見えない、まさに闇。
光だけではない、地面も空気も感じられない。ライトの鋭敏な感覚を持ってしても何も感じられない、そんな空間。
自分の中と外との境界があやふやになり、自分という存在を保っていられなくなりそうな、恐ろしい空間。
「でも、自分のことはよく分かってる。だからどこまでが自分かなんて悩んだりしねぇ」
しかし、ライトはそれでも突き進む。
エリザベスを救う、親友を殺す、そのための覚悟はこの程度で薄れ、弱まるほど柔らかくない。
「私は君のそんなところが嫌いだから、招きたくなかったんだよね」
「誰だ?」
何時間、もしかしたら何日もの間歩き続け、気づいたには黒い部屋にいた。
目の前の黒ドレスを着た額に角のある女性とともに。
「私かい? 私はサリア。君を、この世界に転移させて張本人だよ」
「お前が、転移させたのか」
「色々と疑問はあるだろうけど、君は招かれていないんだ。道中でも気づいていただろ? 帰ってくれないかなぁ」
「神の血と肉を手に入れるまでは帰れねぇな」
なら、あげるからさっさと帰って、と言いたいところだが、残念ながらそう簡単にあげられるものでは無い。
「なぜレンはここに来れたのに、俺は招かれてねぇんだ?」
「クレナイさんは私たち専属の道化で、君はその道具、道具が勝手に動くなんてことはあってはならないんだよ。それに」
諦めず、闇をかき分けてやってきたライトを睨みつけながら答える。
「努力すればなんとかなる。世界を平和にできる。誰も死なずに、できるだけ殺さずに守りきれる。そんな甘ったれたことを考えて、挙句の果てに行動にまで移すやつは大っ嫌いなんだよ」
サリアは人間の悩むところが好き。それはほとんどの神において言えることだ。
どの神も人間が悩みながら進むことを素晴らしく思っていて、そのための手助けをすることを仕事としているものまでいる。
懺悔というものは神々が人間の悩みを聞いて楽しむためのものだ。
「でも君は悩んだりしない。悩まずに、行動出来る。しかも、それが自分の欲求に、素直になったがゆえの行動でもない」
ライトがもつ正義というものは
「法みたいなものなんだよ。自分の行っていることが正しいかどうか、悩みすらしない。自分の信じる法に従って動くだけ。だから貧乏って言う理由で食べ物を盗んでしまった子供を君はなんの躊躇もなく罰することができるだろう」
「それは当たり前だろ。盗んでるんならそれは悪じゃねぇか」
「君の正義には許しがないんだよ。事情を考慮しない。やっていることだけを考える。そんな、そんなやつは」
「ただの機械じゃないか」
法にしたがって動き続ける無慈悲なマシーン。でも、それが法に従っているために、悪人にも更生の余地が残されている。
だから、人は彼をヒーローと呼ぶ。
「楽しくないよ、そんなヒーローなんて」
「なら、レンはどうなるんだ? あいつだって悩んだりしねぇぞ」
「クレナイさんが悩んでない? それは不思議な考え方だね。あれほどよく悩んで、そして出した結論が異質な人間は見たことがないよ」
いつまで経っても分かり合えない。その溝は、決して神と人間の種族の差なんて小さなものじゃない。
「確か神の血と肉が、欲しいって言ってたよね」
「ああ、それさえあればエリザベスを救える」
「君がクレナイさんを止めれたら渡してあげるよ」
「それだけでいいのか?」
それだったらどちらにしろやるつもりだった。
レンを止めることも、魔王の血を手に入れることも、そして神の血と肉を手に入れることも、全てレンを殴れば達成出来る。
「やってみなよ。クレナイさんの覚悟を上回れるならね」
「俺だって相当の覚悟を持って挑んでんだよ」
サリアの手の動きに合わせて現れた扉をくぐり、ライトがアリス達の元に戻る。
「覚悟っていうものは、たとえ何があっても揺るがない自分の意志のこと。ライトのは、自分の意思じゃない。他者が勝手に作り上げた法」
昔、長い年月を生きてきたサリアにとっても昔のこと。
大っ嫌いなシャマシュが作り上げた人間の意思が介入しない、罰の書。
思えば、それをシャマシュが作った時から嫌っていたような気がする。
「どう頑張っても好きになれないね、あれは。憎しみもなしに機械的に人間を処刑するなんて、可愛くない」
「その様子だと貰えなかったみたいね」
「ああ、でも、何とかなりそうだ。だから、魔王を殺しに行くぞ」
「やけに急いでいませんか?」
しっかりと準備して挑みたいマイラが、異議を唱える。
「そうね。ライトだってまだステータスを上げただけだし、勝てないんじゃないの?」
「いや、たしかに勝てないかもしれねぇが、時間がねぇんだ」
「ライトが長老のところで動き方を学んだのは知ってます、でもそれでも足りないと思いますよ」




