第五十五歩 城の上空にて
「ごめんなさい」
「よし、んでここはどこよ」
と、ここでまたマイラが、やばっ、みたいな顔をする。
「ん?」
「足下をご覧下さい」
ライトが自分の下、地面の辺りに目を向ける。
「あちらにございますはこの世界の魔王の城でございます」
何やらバスガイドみたいな口調で喋るマイラの頬にも汗が見える。
どうやら相当やばいみたいだ。
「くそっ、早く逃げるぞ」
「魔力の塊が登ってきますね。あの感じだと魔王はほぼ無意識下で追跡してる感じですね」
人の意思が関わっていない追跡ミサイルはとても厄介だ。
だって飽きて辞めるなんてことがないのだから。
「くそ、あんなエネルギーの塊、消せるだけの火力持ってきてねぇぞ」
「確かポーチから出せるって聞いてますけど」
「人抱えて空中で撃てと、無理言ってんじゃねぇよ」
つか、あれ、火薬で消せるものなのか?
と、ライトが心配になるそれは核融合によってエネルギーの権化と化している。燃えてる火に銃弾を叩き込めばすぐに消えるが、それは燃えるものが荒らされるからだ。
「燃料から独立した火を消す方法なんて知らねぇぞ」
「なら、どうするんですか?」
「とりあえず水をかけてみる」
銃を冷やしたり、気密性を上げるために使う冷却水を太陽に向かってぶん投げてみる。太陽に触れた途端、入れ物として機能していたペットボトルが溶け、中の水がぶちまけられる。
「一瞬で蒸発しましたよ」
「うん、まあ、知ってた。だってペットボトルを一瞬で溶かすようなあれに水なんかかけて意味あるわけねぇよな」
「きっと少なかったんですよ」
マイラが魔法で大量の水を放出する。おそらく25メートルプール数杯分の水が、太陽ひとつにかけられるが、その水は全て水蒸気に変えられる。
「うわー、さすがに凄いですね」
焼け石に水の具体例みたいなのに追いかけられながらライトがこの状況を一言でまとめる。
「やべえ死ぬ」
「そんなことは分かってるんですよ。問題はこれからどうするか、でしょ!」
おそらく、地上で、ある程度落ち着いているときなら対処が出来ていただろうが、ここは空中で、手も足も出ない。
ついでに言うと、そろそろ音速キックも疲れてきた。
「あれ、転移魔法でポイ出来ねぇのか?」
「多分50メートル離れたくらいで出てきますね」
「詰んだな」
『この程度で詰むなんて相変わらず貧弱なやつかしら』
「ダンタリオン!」
どうやら世界はライトを見捨てておらず、ヒーローのピンチに幼女を送ってくれたようだ。
「助けに来てくれたのか?」
レンの太陽が飛び交う空中でまさか散歩していたなんてことは無い。
『別に助けに来たわけじゃないかしら。帰りの遅いクソ野郎を迎えに来てあげたのよ』
うん、照れ隠しだね。
ダンタリオンが、マイラの苦手な転移の魔法を発動し、2人とお荷物と悪魔が、前魔王城に転移する。
「それで、どうして突然迎えに来たりしたんだ?」
エリクサーの材料集めに神の血と肉が必要なのはもう気づいているのかしら』
その言葉で、ダンタリオンが何をしに来たか察する。
「ああ、やり方も分かった。とても簡単だった」
『当たり前かしら。元々儀式とは材料さえ集めれば誰にだってできるものなのよ。ただ、レベルが上がる事に材料が神話級に近づいていく、それだけかしら』
「それで、俺を神様とやらに合わせてくれるんだろ?」
『相変わらず、お前たちはせっかちなのよ』
「時は金なり、金は全てだぞ」
面倒くさそうに、ダンタリオンがため息をつくが、実際は、とても楽しんでいるのをライトは知ってる。
『もう、時間が無くなってきたから私の方から迎えに来てあげたのよ』
ダンタリオンの裾の長いスカートが少し広がったかと思うと、ダンタリオンの足元から魔法陣が拡がっていく。
「さ、乗ってくれ」
メシアが、アリスが、そしてマイラが魔法陣の上に乗る。
次の瞬間にはライトたちは魔王城の一室、ライトが初めてここに来たあの扉の前に転移していた。
「また、ここか」
『元々ここは、私の書庫に神々が来るためのゲートのようなものなのよ』
「だからこちらからも神話の世界に入り込めるってことか」
ここも神話の世界ではあるのだが、概ねその通りだ。
だが、どこにつながっているのかも曖昧なそれに、存在が薄い人間が入り込むのは危険である。
「虎穴に入らずんばなんとやらだ。やるしかねぇだろ」
扉に手をかけて、思いっきり開く。