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第四十三歩 羽根ペン

「俺がやろうとしている事の数千分の1でいい。なんならアレが近くにいればできる程度のことだな」

『のー? なんのことか分からないけど世界時計に干渉する権利をあげるのー』


 権利がどうとか突然言い出した。

 そのノルンの手には光り輝くネジ巻きのようなものが握られていて、一瞬でレンの元まで移動したあとレンの体に染み込ませる。


「なあ、ダンタリオン。なんで権利とかいるんだ?」

『世界時計の末端とはいえ莫大なエネルギーを持っているのかしら。自分の中にそんなものが入っていて気にせず生活できるのはそうとう鈍感なやつかしら』

「だから気にならないように消してあって、俺には感じれるようになったってことか?」

『体内時計がやけに正確なやつは世界時計と体内時計が同化しているのよ。今のレンも似たような状態かしら』

「なるほど」


 と、レンが突然振り向く。


「ノルンは?」

『いつの間にか消えてるのはあれのデフォなのよ。気にしてたらキリがないかしら』

「そういうものか」


 ようやく静かになった部屋を見回してため息をつく。


「さて、明日からが正念場だ」


 何やら意気込んでいるレンを他所に、アオイは書庫で羽根ペンを前に座っていた。

 と言っても日記を書いたり食レポを記したりする訳では無い。

 自分と同じ、レンの人生を記録する意思を持った羽根ペンと対話を試みようとしているだけだ。


「もっとも、これ程まで意思疎通ができるとは思いませんでしたが」

【そんな事言われてもボクだって意思を持ってるんだから会話ぐらいできるよ】

「いつもここにいましたけど、鼻歌も何も聞こなかったので」

【鼻がないんだから仕方ないよ】

「そう言われてみればそうですね」


 遠く離れたレンの行動を記録するボクの手元を興味深そうに眺めながら、アオイの質問は続く。


「人間は好きですか?」


 だがその質問は今までの質問とは違い、好きか嫌いか、YESかNOかの単純な答えを望んでいる様子ではなかった。


【そうだね。とても、ではないけど好きにはなれないかな】

「悪者が多いからですか?」


 羽根ペンの先を揺らしながらよく考える。


【もし欲望を黒とするならば、人間はみんな真っ黒なんだよ。生きているのだから欲望は必ず生まれる。でもその欲望は黒曜石のような、見ていて不快になる色ではないんだ】


 とても澄んでいて1つの傷のない、まるで宝石のようなもの。


【でも人間はその欲望を嫌う。黒を汚い色だと勝手に決めて、美しい黒曜石にペンキをかける。善意や正義や建前なんかで色付けされたその石は美しくなんかない】


 もちろん、たとえどれほど素晴らしい人間であってもペンキをかけてしまう。


【でも、ペンキで本心を厚く覆った人間よりも、薄く淡く彩った人間の方が素晴らしく感じる。皮肉だと思わない?】


 だが、どれほど上手く説明しても人間と羽根ペンの価値観の差は埋められない。


「人間は誰だって怖いんですよ。本心を見透かされ、傷をつけられ、砕かれるのが」

【怖いからといって立ち止まっていては先へ進めないよ】

「今の場所に幸せを見つければいいんですよ」


 その言葉がアオイの口から出たことに少し驚く。


【君は先に進むことしか頭にないんじゃなかったっけ?】

「レンくんが前に進み続けているから私もそれに着いていくだけ。レンくんが止まったのなら私もそこで止まりますよ」

【レンが立ち止まると思っているってこと?】

「いずれ止まりますよ。どれほどレンくんがすごくても、そのすごいレンくんの目標は私では考えられないような高みにあるんです。いずれ止まります。止まらないといけないんです」

【レンが止まっても君が先を歩けばいいのに】

「私では役不足ですよ。レンくんしか進めませんから」


 完全に信じ切って全く疑っていないアオイ。

 そう、他人をそこまで信じている。そんな繋がりこそが君たちの強みで、ボクに嫌いだと言いきらせない理由でもあるんだよ。


「私達は元々原石なんです。柔らかい道を行けば原石のままですが、険しい道を通れば角が取れて宝玉になるんです」


 だがヤスリを1度かけただけでは足りるはずがない。


「何度も何度もこの険しい道を通れば、とても美しい宝玉が出来るはずです」

【自分を磨いていい事なんてないだろうに】

「ありませんよ。どこまで行っても険しい道は険しいままだし、楽な道はどこまで行っても険しくなりません」

【なら楽な方に行けばいいじゃない】

「でも疲れ果てて倒れた後が違うんです。楽な道に落ちてる原石は、そのままただの石として誰にも拾われませんが、険しい道に落ちてる宝玉はきっと誰かが拾って飾ってくれます」


 磨かれることのなかった原石は誰にも見向きされず、ただ輝きだけを失って死んでいく。


「死んだだけならまだしも、誰にも思い出されないなんて悲しいじゃないですか。この世の誰かに、素晴らしい人だったって死んだ後に褒められるならとても誇らしいことだと思うんです」

【死んだあとのことなんて関係ないと思うな】

「そう思わない人が、歴史に名を残す、偉人になるんですよ」


 自分の名に誇りを持っていて、それを歴史に刻み込むことに喜びを感じられる。

 それは天才でも異才でもない。ただ、努力と気の持ちようである。

 これを読んでも、自分の名を歴史に刻むことに興味を持てなかった人はそれでいい。

 歴史なんてどうでもいい、今を幸せに生きるというのなら、それも素晴らしいことだろう。


 しかしまったく、ほんとうに、人間というものは面白いことを考えるね。

 死んだら終わり、そこから先は神話には描かれないというのに、そこに希望を託すだなんて。


「そこで見ててくださいよ。きっとレンくんを見ていれば、人間に期待したくなりますから」

【人間に虐められて、悪を倒すなんてふざけた理由で殺されそうになったというのにまだ、人間に期待するんだね】

「人間はすごいですから」


 それだけ言ってアオイが書庫を出ていく。

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