第十八歩 勇者殺し
手を剣の柄に触れさせながらもその剣を握ることは出来ない。
『死を望むけども自殺する覚悟はない。ほんと、手間のかかるやつかしら』
先程勇者と言い合っていた騎士が血に染まった剣とともに勇者に近づいてくる。
『美味しい肉じゃがが冷めてしまうのよ。神に祈る時間はなしでいいかしら』
「ふん」
騎士の威勢のいい掛け声とともの勇者の首が落ちる。
それを見た正気の騎士達が剣を落とし、絶望する。
『さて、後片付けなのよ』
操られた騎士も、正気の騎士も、平等に黒き騎士によって死を迎えられる。
「新しいお客様とやらは帰ったのか?」
『泣くだけ泣いて還ったのよ』
「そっか」
と、既に食べ終わった天才様。
『それでそこの天使はいつまで食べているつもりなのかしら』
「うぐ?」
口に食べ物を詰め込みまくったアオイが首を傾げる。
「ん、美味しいんだからいいじゃないですか」
ジト目で悪魔は語る。
『いくら天使でも食べ続けると横に広がるかしら』
ほんのちょっとオブラートに包んだその言葉は、元に戻すと
そんなに食べるとぶくぶくに太るぞ
ということである。
もちろんアオイにだって、引きこもりの天使にだって、乙女心というものはある。
即座に口の中を空にして、ごちそうさまと、手を合わせる。
「いやぁ、随分と量があったみたいで食べきれませんでした。私って少食なんですよね、はは」
2人の無言の沈黙を受けてアオイが泣きそうな顔になる。
「まぁ、いいけど。それよりも攻めてくる方が心配だな」
「攻めてくるって?」
「俺が魔王だということを女神の連中が決めたのなら既にあの幼い勇者に伝わってるだろうからな」
「その勇者が攻めてくるってことですか?」
『その心配は必要ないのよ』
お客様とやらのせいで食べれなかった料理を食べていたダンタリオンが言う。
「なんで大丈夫なんだ?」
『その理由は言えないけれど、大丈夫は大丈夫なのよ』
純粋さを固めたようなダンタリオンの目をじっと見つめる。
「知識の悪魔を信じるよ」
『ん、当たり前かしら』
随分と偉そうなダンタリオンの態度に苦笑しつつもこれからしなければならないことを模索する。
「国と争うことになりそうだなぁ」
「国とですか?」
嫌そうにつぶやくレンに対してアオイはわかっていないようで首を傾げる。
『つまり、勇者を私が殺してしまったからそのやり返しや、国の安全のために魔王を殺しにくると言うことかしら』
「あ、」
『ん、何かしら。突然声を上げて、驚いたのよ』
「いや、勇者を殺したって」
『あ、な、何にもないかしら。さっきのは忘れるのよ』
ダンタリオンが隠そうと思っていた事実が思ってもみなかったようなことで日の目を見て慌てる。
「いや、さすがに無理だろ。つか殺しちゃったのかよ」
『だって久しぶりに人間と話せる時間を邪魔したのよ。生きる価値なんてないかしら』
「あいつらだって人間じゃね?」
『神話として語られない程度の生物なんて話す価値もないかしら』
「なんだその身勝手な価値観」
まぁ、それが悪魔たる所以なんだろうと勝手に理解して話を進める。
「まあ、人類共通の敵となったら帝国時代のドイツ並みに周辺国家から襲われるとは思ったけど、勇者殺しちゃったのかぁ」
『あ、そういえば戦争をやるのにちょうどいい奴がいたのよ』
と、ダンタリオンが誤魔化すように食堂にあるどこに繋がるか分からない扉をガバッと開ける。
「なんだ? またあの黒い騎士みたいなやつを紹介してくれるのか?」
『気絶した状態で倒れていた黄色い軍人なのよ。一応女神から面白いものを受け取っているみたいだから拾ってきたかしら』
と、ダンタリオンが手で指し示すのは少し泥で汚れた黄色い軍服を来ている中学生で、
「ライトじゃないか!」
それはレン達の幼馴染だった。




