第十七歩 地獄
『彼らにとっての隣人、友達や恋人や家族が私というだけなのかしら』
「な、」
『もっと正確に言うのなら、私がそう認識するようにしただけかしら』
人の心を弄ぶ悪魔は笑いながらそう言った。
「どうして、どうしてそんなことができるの?」
完全に敵意をむき出しにした騎士たちに対して、とってもハイテンションなダンタリオン。
『んー、もともとあの黒い騎士はヘパイストスが作ってもらったもので私の能力じゃないのよ。私の能力は心を読んだり、心を操ったりすることかしら。つまりは特技ということなのよ』
「そうじゃない! どうしてそんな酷いことができるのかきいてるのよ!」
怒りを隠しきれてない幼き勇者が叫ぶ。
『素が出てるみたいなのよ。でも私的には、騎士なら男らしくなんて考え捨てて、女らしく生きるのもいいと思うかしら』
「答えろ! 悪魔!」
怒りに震えつつもダンタリオンに付いた仲間に攻撃を加えない程度には理性が残っているのか、大声を投げつける程度に収まる。
『そんなに焦らなくてもちゃんと答えてあげるのよ。それにそこまで気になるものなのかしら。人の感情に干渉することはそこまで特別なものでもないのかしら』
つまり、人の感情を、人の愛情を、人の意思を捻じ曲げることに何の抵抗も感じていないと言っている。
「……狂ってる」
『私の価値観を人間が量ろうとすることが間違いなのかしら。人間は人間らしく格上の存在に怯えながら暮らすのがお似合いかしら』
今まで高かったテンションはどこに行ったのか、一転して感情を消し、言葉を紡ぐ。
『特に人間が神の真似なんてする必要なんてないのよ。言っている意味が分かるかしら、人工物』
国王や騎士団長などの権力に染まった大人たちの都合によって強引に神の加護を詰め込まれた少女は自分の生い立ちをすでに知っている。だがそれでも騎士として、勇者としての務めを貫き通してきた。
『君も人間の中では狂っていると思うのよ』
「黙れ悪魔」
『私も客人を待たしているし早めに終わらせるかしら」
黙ったまま立っていた騎士がついに動き出す。
ダンタリオンが騎士たちに干渉しているのは感情だけ、技術には干渉していない。普通に考えたら同じ練度の騎士が戦った場合、人数の多い側が勝つ。
しかし戦う相手が仲間だとその常識も変わる。
「やめろ、やめてくれ、うわあああああああ」
「なぜ剣を向けてくるんだ、仲間だろう。剣を下ろせよおおおお」
「うぐあああ、腕を、腕をやられた、助けてくれぇ」
少数であるダンタリオンの騎士は仲間だった騎士に対して何の躊躇もなく剣を振れるが、精神に干渉を受けてない騎士や勇者にとってはよく知っている仲間である。
「とまれ、我らが守るべきものは今代の勇者を2人、召喚した我らが祖国、フレード王国の民であるはずだ、そんな悪魔ではなく私とともに、仲間として戦おうではないか」
勇者はあきらめずに何度も、何度も呼び掛ける。
そしてダンタリオンを守っている騎士の1人が剣を振るのを止める。
「やっと正気に」
「黙れよ侵略者が」
ほんの少しの希望、それは仲間だったはずの男のセリフで粉々に打ち砕かれる。
「さっきからべちゃくちゃと知らないことばかり喚きやがって。俺はダンタリオンを守るためだけに生きているんだ。勇者? フレード王国? はっ、んなもんどうでもいいんだよ」
そう答える、男は騎士の中でも幼き勇者と親しかった者の一人だ。
「いつも妻のことばかり話していた」
勇者はまだ諦めきれないようで、つぶやくように思い出を語る。
「故郷に家族を残しているからと、絶対に生きて帰るんだとも言っていた」
両膝を膝を突き、うなだれながら語る少女の目には涙が浮かぶ。
「娘が生まれたんだと嬉しそうに話していた」
だがそんな話をした親しい男は目と鼻の先で仲間を殺すために剣を振るっている。
その男だけではない。ほかにも悪魔に操られた騎士はいる。そんな騎士を止めるために、いや、そんな騎士たちを殺して生き延びるために剣を取った正気の仲間もいる。
「こんなものは間違っている」
魔王の部下に、倒すべき敵との戦いで死者がでるのはよくはないが覚悟はできている。殺そうとするのだ殺されもするだろう。
だがこの現状はどうだろうか。
正気の騎士も、ダンタリオンの干渉を受けた騎士も、皆一様に剣を取り、互いに赤く染まっている。
敵と味方の戦いではない。味方と味方の戦い。
「……ここは、ただの地獄だ」
地獄を抜ける方法はわかっている。少し離れたところで笑いながら観戦しているあの悪魔を殺せばいいだけだ。
だが悪魔の周りには騎士がいて、悪魔を殺すのならば彼らに剣を向けないといけない。
「敵に剣を向ける勇気も無いなんて」
今までどんなに強大な敵だろうと恐れずに立ち向かえた。
でも今は剣を地面に落とし、項垂れ、仲間が仲間にやられて逝くのを眺めているだけ。
勇気を敵に立ち向かう覚悟だと言うのならば、自分の信じている悪魔を守るために剣を振るう彼らに剣を向ける覚悟がない者は勇者とは呼べないのではないのだろうか。
『それが人工物の限界かしら』
「……ろせ」
『何かしら?』
「殺してく」
敵に立ち向かう勇気を失った勇者は、仲間を導けなかった少女は死を望む。
『死にたいのならばそこに落ちてる剣で自分の胸を刺せばすぐに逝けるかしら』
「うっ、」
手を剣の柄に触れさせながらもその剣を握ることは出来ない。




