第十三歩 黒騎士
先程まで重い雰囲気を纏っていた少女が突然怒り出す。
『随分と口の悪い勇者かしら。これでも400年は生きているのよ』
「なるほどじゃあババアか」
と呟いたレンの姿が消え、粉砕されたベッドとともに吹っ飛ぶ。
「レンくん!」
「大丈夫だ、アオイ」
駆け寄ろうとするアオイを制しながら目の前に立つ鎧を見つめる。
「どこから現れたんだ?」
『元からここにいたのよ。私を守るためのものかしら』
その鎧は真っ黒で2メートルほどの大きさ、手には何も持たず、ただレンを殴った姿勢のまま止まっていた。
『さて、私の守護者相手にどう動くのかしら』
「さあな」
素っ気なく返事を返しつつ周りに落ちているベッドの残骸を投げつける。
が、
「さすがに刺さりはしないか」
『鎧を相手にそれくらいの考えしか思いつかないのなら期待はずれなのよ』
余裕を見せる少女を横目に残骸を転移させ、鎧に突き刺さす。そして反応を見るが
「おかしいな、完全に刺さっているはずなのに血も、声もなく、戻ってきたのは少量の黒い砂だけ」
「中身は空ですかね」
「そんな簡単じゃないだろうな」
全く動かず、完全に下に見ている少女への反撃として紅い刀を取り出して鎧に切りかかるが、それは全くの手応えがなく、素通りする。
それはまるで水を切りつけているような感覚で、先程残骸を弾いた硬さは全く感じられない。
「うーん、魔法じゃないと通らないとかそんな感じかな?」
『魔法も物理も通らないのかしら』
「無敵だって言うんですか?」
『無敵なんてものは存在しないのよ』
顔の表情を変えず、しかし昔の知り合いを思い出すような抑揚で少女は語る。
『どれだけ強くても、どれだけ技術を持っていても、相性や状態ですぐに変動する程度でしかない』
『だからあえて強くなろうとするのではなく、守るという一点において特化してしまえばいいのよ』
「それでも状況や相性で変動するんだろ?」
『全てが不確かなこの世界で唯一信じられるものは何か分かるかしら』
それは人によって答えの変わる質問。
故にレンは問い返す。
「お前にとってはなんなんだ?」
『死、たとえどんな生物でも必ず最後には死を迎え、どんなものでも最後には砂へと還る。逆に言えば砂からは決して変わることは無いということなのよ』
「なるほど、その鎧はこの黒い砂を固めて作ったものということか」
先程手に入れた少量の砂を手に取りながら予想をつける。
「砂になったものはもう変化せず、壊れもせず、死にもしない。なぜなら」
『それが全ての存在の最後であり、その先には何も、何も無いからなのよ』
レンの手によって突き刺さった破片を砂に還し、鎧が少女へと吸い込まれていく。
「なるほど、確かに破壊もできないし、何も出来ないな」
レンが諦め、刀を消す。
『勝てないことを理解できないような馬鹿じゃなくて安心したのよ』
それだけ言って扉に近づく。
『ここの書庫の本を読むことを許可するのよ。好きに読むのかしら』
「それは俺が敵ではないと認めてくれたってことか?」
楽観的なレンの言葉に嘲笑を返す。
『魔王と勇者の違いすら分からないお子ちゃまが知った口を聞くんじゃないかしら』
「なら知らないついでで一つだけ質問」
指をピン、と立てたレンは今までの少女の言動を思い出しながら唇を動かす。
「どうしてそんな反響したみたいに声が震えているんだ?」
それは声についての質問。
『少しは自分で考えられないのかしら』
それに対しての少女の返事は呆れだ。
だが少女は律儀に答えてくれる。
『私はそれと同じ体質なのよ。この頭の中には膨大な数の人格が詰まっているかしら』
「多重人格?」
『2人や3人なんて数えられる数ではないのよ。そんだけの人数が同時に喋ってるのかしら。震えているように聞こえるのはそれぞれのラグかしら』
何やら壮大な話かつ重要そうだが、レンはそんな体質じゃないし、アオイにそんなことをさせるつもりもない。
『聞きたいことはそれだけかしら』
不機嫌そうに廊下に出る。
『バイバイなのよ』
レンとアオイを残して扉を閉めた。
廊下に出た少女の姿はまるで蜃気楼だったかのように風に吹き消される。




