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第六幕:船付近

 高速艇から湾を挟んで約五十メートルほど離れた物陰にレイジは潜んでいた。既に辺りは暗くなっており、まばらな街灯の光だけを頼りに状況を探る。


「さて……たんかを切ってきたはいいが、どうする?」

レイジは小さく独りごちた。


(冷静に……合理性とやらにあわせて、これからの状況をシミュレーションしなければ駄目だ……。俺には納得出来ないことだが、警察は人質よりも犯人確保を優先したい。そして、犯人側は捕まることをなんとしても避けたい……。犯人側から人質を殺す可能性は低いと思う。殺してしまえば警察側の突入を誘発することになるだろう。


(だから最初に仕掛けるのは警察側からの可能性が高いが、犯人側もそれは考えているだろう。自らの命よりも情報を引き出されることを恐れている集団なら、自決覚悟の作戦にでることも考えられる……)


「……これしかないか。無茶はしないって言ったけどな……」


 レイジは覚悟を決める。ハジメに買ってもらったスーツの上着をその場に脱ぎ捨て、気付かれないようにゆっくりと物陰から離れ、湾に近づく。船の停泊場所から、水音をできるだけ立てないように水の中へ入っていった。


 春先の冷たい水がレイジの体を包み、彼の体温を奪う。レイジは、周りから見えないように水中まで潜り込み、水をかき分けて高速艇に向かって進んだ……。


「ぷはっ」

高速艇の側面付近からレイジが顔を出す。警察側とは反対に位置しており、彼らからはレイジの姿はみえない。犯人と人質の子どもたちは高速艇の内部に入っていて、彼らもレイジが接近していることには気づいていなかった。


(自分にできること……。多少の拳法ぐらいしか役に立つようなものはないが、警察が突入した瞬間に、子どもたちを守ることぐらいはできるかもしれない)


 船の側面に手をあて、立ち泳ぎの状態でレイジは水中から状況を見守る……。


 沈黙のまま、十分ぐらいが経過した。


(くっ、水が冷たくて、止まって泳いでるだけでも意外ときつい……)

容赦なく体温が下がり、レイジは心の中で少し弱音をもらした。


 と、そのとき、レイジは何かが水の中で彼に向かって近づいていることを感じた。


(な、何だ? 暗くてよく見えないが人間?)


 この場から動きようのないレイジは身を固くして、近づいてくる影を目で追う。


 ザバッと小さな水切り音と共に水中から顔が現れた。ハジメだ。周りから目立たないようにレイジの側でほぼ密着したような状態になる。


「な、なんで来たんだ?」

声を小さくしながらレイジは尋ねる。


「……行方不明者の捜索案件はまだ終わってない。ここで終わったら今までの分ただ働きってことになる。仕事を片付けにきただけ」


「……そうか」

レイジはハジメに気付かれないように少しだけ頬を緩めた。


「……しかし、いいもん持ってんな。なんだそのスーツ」

「潜入案件用ミッションスーツ。体温調整機能もある」

ハジメの着ているものは、バイク用のライダースーツのような外見だ。全身が黒く、装備を収納するためと思われるポケットも多い。


「おお……」

レイジは驚嘆(きょうたん)とも感嘆(かんたん)とも取れる声をだした。


「残念だけど、あなたの分はない……。ただ――」

ハジメが高速艇側面の上部に向かって右腕を振り上げる。


 シュッという小さな音と共に、スーツの右腕部分から細いワイヤーが伸び船の縁に引っかかった。瞬間形状記憶合金を使ったワイヤーだ。

「私に掴まって。これで少しだけ休める。私のスーツにくっついてれば多少体温が下がるのも遅くなる」

レイジがハジメの肩につかまり、二人の体が密着した形になる。


「……男が女の肩を借りるなんて……」

「まだそんな事言ってるの?」

「……とりあえず……助かる」

レイジは少し照れた様子で感謝の言葉を述べた。


「どういたしまして。んで、これから、どうする気?」

「警察が仕掛ける瞬間に船に乗り込んで子どもたちを守る」

「結局、無茶な作戦ね」

「……」


「……まぁ確かに、この位置からなら警察の本体より先に内部の子どもたちがいる所にたどり着けるかもしれない……。それに、おそらく警察側も問答無用で突入はしない。形だけでも犯人側と交渉をするタイミングがあるはず。そして、それをきっかけに仕掛ける可能性が高い。だけど……」


「問題は犯人側の対応。犯人側もそれは分かっているはず。もう既に覚悟を決めていると思う」


「覚悟? 具体的には?」


「自爆……とか。ただ、それは警察が一番避けたい結果。それで、警察はあえて多少のスキを作って、犯人側に希望を持たせているのかもしれない。警察側の高速艇の配備が多少緩いのも、そのためかも……」


「流石だな、確かに筋は通るような気がする」


「正直、どこまで合ってるか自信はない……。ただ――仕掛けが始まったら勝負は一瞬なのは間違いない」


そんな話をしていると警察側から一人の恰幅の良い男が出てきた。手には黒い拡声器のようなものを持っている。

「指向性の拡声器ね。この位置なら音が拾えるはず」


 警察の隊列が高速隊との距離を縮め二十メートルほどになると、先程の男が話を始めた。

「え〜、君たちは完全に包囲されている。逃げ道はないぞ。諦めて大人しく投降しなさい」

「昔と変わらない決まり文句だな」

レイジは懐かしい感覚を味わいながらその声を聞いた。


 沈黙が五分ほど続いた後、犯人側から一人の男が甲板にでてきた。拡声器はもっておらず、大声で警察に向かって叫ぶ。

「俺たちはここから立ち去る。黙って見逃すなら人質を返す」


「……」

また沈黙。


 レイジとハジメは船体に取り付きながら息を呑んで待つ。二人にとっては長い時間だった。


――パンッ。


 発砲音の後にジジッと電気が流れ甲板に立っていた男が倒れた。最初の発砲と同時に、警察側がワイヤー銃を撃ったのか、男の体は何かに引かれるようにそのまま海に引き落とされた。


「先に行って!」

ハジメが自分のスーツから伸びるワイヤーを引き上げながら、自分の体を曲げ、自分を足場にするような格好をした。


「すまん!」

レイジはハジメの背中に乗って高速艇に飛び乗る。


 それと同時に高速艇のエンジンが唸りをあげ、一気に加速する。


 船内に見える犯人は三人。近くの椅子などを掴んでGに耐えている。一角に拘束されていた子どもたちは耐えきれず、船内の壁に押し付けられた。


「今のうち――」

レイジも近くの壁の突起を掴みなら急ぐ。


船内へと続くドアを勢いよく空けた。エンジンの大音量に紛れながらも、ドアからの金属が響く。

「誰だ!?」

犯人たちは懐から拳銃を取り出そうとする――。


 が、レイジの位置からは船の加速を利用できる形――。


 数歩で一気に最初の敵との間合いをつめる。


 左肘打ち――顔面。


 一歩進み、次の相手に右の掌底――腹部。


 最後の男に、それまでの勢いを利用して捻りを加えた左の飛び膝――顎。


 一瞬で三人が床に崩れ落ちた。


「ふぅぅぅ」

レイジは飛び膝から着地すると、両足を広げて踏ん張り、半身の姿勢で構えたまま息を吐き出した。


「レイジ兄ちゃん!」

他の子供達と一緒になって床に倒れているアルが叫んだ。


「すまん! そこで待ってろ! 犯人はもう一人いるはずだ」


 レイジが高速艇を運転しているであろう犯人のところへ向かおうとした――そのとき


 ガァンと一際大きな音がして艇が傾いた。

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