第四幕:帰り道
三人はビルを出て、廃れた街の中を再度歩いていた。
「車が止めてある場所はこっから歩いて十五分ってところだな。大丈夫か?」
「……うん」
レイジがかけた声にアルが小さい返事をしながら続いて歩く。
「歩くのが大変なら、おぶってやろうか?」
「……子供あつかいしないで。ここまでだって自分で歩いてきたんだから」
「うん、実に子供らしい反応でいいぞ!」
そんなやり取りをしながら道をしばらく歩いていく。
しばらくして、レイジは再度アルに話しかけた。
「アルが帰ってきたら親御さんも喜ぶだろうな!」
「……そんなことないよ」
「そうなのか? 心配してるだろう」
「……表面上はしてるかもね」
「なんだ、親とそんなに仲良くないのか?」
「まぁ普通だと思うけど……」
二人の会話を横で聞いていたハジメが口を挟む。
「今の時代、親と子供はそんなにベタベタしないの。学校だって基本的には全寮制で、親と会う機会もそんなにない。国がほとんどの世話をしてくれるしね」
「……そうか。ハジメも親とは疎遠だったのか?」
「私のところは少し特殊で、親がよく会いに来てたけど……。その話は今はいいでしょ」
ハジメはあまりその話はしたくないといった風で話を止めた。レイジも、アルの前で、仲がよい親子の話を聞かせるのは良くないかと考え、一旦黙ったが、改めて別の質問をする。
「しかし、なんでそんな制度にしているんだ?」
「それは……、一番の理由はその方が公平だから……と私は教えられた」
「公平?」
「そう。前時代には親の裕福さで子供の能力や将来が決まってしまってたんでしょ? そのせいで優秀な才能の取りこぼしも起こり得た。最大多数の最大幸福を実現するために、それでは不公平だし、非合理的だもの。だから親との関係性は昔より薄くなるような制度になってるんだって。それに、親の側だって子育てを全部自分でやるのは大変でしょ?」
「なんだか不思議な感覚だな……。親の記憶があいまいな俺が言うのもなんだけど」
「それで皆は幸せなのか?」
「……少なくとも――」
道を曲がりながらハジメは話を続ける。
「私にとっては悪くない社会。あなたはさっき、The Systemを悪者のように言ったけれど、そのおかげで私は探偵の仕事につけている。私の親はそんなに裕福じゃなかったし、こんな社会じゃなかったら、どうなっていたか分からない」
「……そうか」
レイジはそう返事をしたきり、この話はここまでにしようと口をつぐんだ。
そうして十分ほど歩いたころ、先頭を歩いていたハジメが突然止まって、二人を手で制しながら言った。
「……止まって」
「どうした?」
レイジとアルも立ち止まりハジメが見ている方向に目を向ける。
二人組の男が行く手に立ちふさがっていた。片方は大きな威圧感のある男、もう一方は小さく背を丸めた気味の悪い感じのする男だ。二人ともボロボロの黒柄の迷彩服のようなものを着ている。二人の手にはナイフがあり、ビルの間から差し込む光を冷たく反射させていた。
「来るときからつけてた奴らか……」
レイジはアルを守るように前に立った。
「気づいてたの?」
「なんとなくな。さっきは特に何をする気もなかったようだから放っておいたんだが……」
「そう……」
ハジメは二人の男に正対して口を開く。
「何が目的?」
小さな方の男が答える。
「なに……その子供を貰おうと思いまして」
「金銭目的の誘拐ってわけ? そんなのこの国で上手くいくはずがない」
「確かに、この国の警備ネットワークは優秀ですし、警察本体と探偵を両方共相手にするのも骨が折れますからね。そもそも、子供のために大金を払う従順な親御さんが少ないときてる。これも合理性ってやつですかねぇ?」
二人の男はじりじりとレイジたちとの距離を詰める。
「あなた達、この国の人間じゃないわね?」
「いやいや、れっきとした日本人ですよ」
そういうと、小さな男がニッと笑う。
一瞬の静寂の後、その男がハジメに飛びかかり右手にもったナイフを突き出す。同時に大男の方もレイジとアルの方向へ走り出した。巨漢だが素早い。
ハジメは胸を狙ってきたナイフを自分の左横へ素早くかわし、男の顔面へ左肘を叩き込もうとする。男はその肘をしゃがんでかわすと、ナイフを横薙ぎに振るった。
ハジメはそのナイフを掴む男の手を右手で掴み力を込める。
「ぐっ。力がつええ。強化済みか」
「当然っ」
ハジメは短く言い放ちながら、そのまま男を右手一本で横に投げ飛ばし、雑居ビルの壁に打ち付けた。
「ぐはぁ」
小さな男は地面に倒れ、その手からはナイフが抜け落ちる。ハジメは、男の手がナイフに届かないようにそれを蹴飛ばす。そうして、懐から拳銃を取り出してパンッ――
弾丸が男に命中すると、ジジッと電気の流れる男がして、彼の体は地面に寝たまま少し飛び跳ねた。非殺傷の電導弾だ。
レイジの方は巨漢の男と両手で押し合いの状況になっている。巨漢の男の右手にはナイフが逆手に握られており、その拳をレイジの左の手が抑えている。逆側の手はお互いに握りあった状態だ。
しかし、力では巨漢の方が勝るのかレイジが後ろに押され気味だ。そんなレイジを心配した様子でアルは側の建物の影に隠れている。
ハジメはそんなレイジを見て、
「あれ、腕には自信があったんじゃなかったの?」
と挑発的に声をかけた。
「むっ」
レイジはその言葉に反応して力を強める――
と見せかけて力を緩めて後ろに飛び退いた。
「うぉっ」
巨漢の男は前につんのめって倒れる。
「この野郎!」
男はすぐに起き上がって、再度レイジに飛びかかりながら逆手に持った右手のナイフを前に突き出す。それにタイミングを合わせ――
「とぁぁー!!」
レイジは声をあげ、高く飛び上がりながら右の膝蹴りを男の顎に打ち込んだ。
「がっ……」
「見たか! 今のが真空飛び膝蹴りだぜ!」
急所に膝が入り、男は一撃で気を失ったようだ。レイジが、ハジメに向かってガッツポーズをしている。
「なんだか無駄の多い派手な戦い方……」
ハジメは少し溜息をつきながらそう返した。
「えっ、そんなことないだろ……。アル、大丈夫だったか?」
レイジは近くの建物に隠れていたはずのアルに声をかけた。
「……あれ? どこだ?」
気がつくとアルの姿がみえない。
「あっち!」
「なに、まだ隠れてる仲間がいたのか!?」
レイジとハジメが裏路地に目をやると、先程の二人と別の男がアルを抱えて走っていた。アルは気を失っているのかぐったりとしている。
「くそっ」
レイジが走り出し、ハジメも後を追う。
「アルを抱えてる分、向こうのほうが遅い!」
二人が路地の出口付近で男に追いつこうとしていたとき――
「車か!」
男が路地を出たところで止まっていた車にアルと自分自身の体を放り込むと、キィィとスキール音をさせながら車が発進してしまう。
レイジも追いかけるが、車は一気に加速し彼を引き離してしまう。すぐに視界から車が消えた。
「ちっくしょぉ!」
レイジは苛ついた様子で近くの古そうなゴミ箱を蹴り上げた。中は空だったのか、カランカランと音を立てながら、ゴミ箱が転がっていく。
「とりあえず、さっきの奴らを締め上げてどこに連れて行ったか吐かせるか」
「いえ。あいつらは今気絶してるし、起こしても簡単に吐くかは分からない。私たちも車に戻ってさっさと追いましょう」
ハジメは、先程の場所へ引き返そうとするレイジを止める。
「そんなことできるのか?」
「私の『目』がさっきの車を記録している。すぐに監視ネットワークへの照会をかければなんとななると思う」
ハジメは自分の目を指差しながらそういうと、振り返って足早に自分の車が追いてある方向へ歩き出した。