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第三幕:ビルの中

 ほとんど廃墟のような薄暗いビルの中、レイジはゆっくりと進んだ。照明も全て消えており、外からの日光がなければ真っ暗になりそうだ。


「うーん。やっぱり屋上かな?」

「まぁ上から順番に探して、いなければ下りながら探せば良いか」

レイジは独り言を言いながら階段を登っている。


「それが合理的ね」

ヘッドセットからハジメの声が聞こえた。


「仕方ないとはいえ、階段が長いな。このビル、二十階はあるぞ」

「そっちを選んだのはあなたなんだから頑張りなさい。こっちだって十階はあるし」

「へいへい」

レイジはそういいながら階段を登っていった。


 十分ほどしてレイジがビルの屋上にたどり着きドアを開けた。その屋上の中心に少年が座っていた。


「ビンゴ。こっちだったぞ」

レイジはヘッドセット越しにハジメに伝えた。


「……分かった。私もそっちに向かう」

「了解」


 レイジは努めて元気に男の子に話しかけた。

「よう!」

「……」

少年は一瞬目線をレイジの方に向けたが、返事はしなかった。


 レイジは彼の隣に座り、話しを続けようとする

「アル君……で合ってる?」

「……うん」

「何才?」

「……知ってるくせに」

「まぁな……。十歳だっけ?」

「十一歳だよ!」

レイジがわざと間違えると、アルがちょっと大きな声を出して反応した。


「はは、元気そうで安心した」

「……何が『安心した』だよ。単に仕事で来ただけなんでしょ」

「まぁそうだなぁ……」

レイジはそう言って少し間をとる。


「この時代は凄いよなぁ。昔だったら警察の仕事だったことですら民間人が対応するんだもんな。こんな仕事を手伝うことになったのに、未だに信じられないよ」

「……何その言い方、おじさん実は凄い年寄りだったりするの?」

「おじさんでもないし、年寄りでもない! いや実際の所は確かに年寄りなんだが……。実は、人工冬眠でずっと眠ってたんだよ。目が覚めたら、この時代だったってわけ」


「……へぇ。良いねぇ」

「良い? そうなのか? 俺はこの時代の人間は昔が嫌いなんだと思ってたんだが」

「確かに、昔は色々不便だったって聞いてる。だけど自由に生きられる部分もあったんでしょ。例えば学校だってさ、自分の行きたいところに行けたって……」


「いや、まぁ試験に受かればな」

「……そっかそれじゃ今とあんまり変わらないのかな……」


 二人の会話をヘッドセット越しに聞いていたハジメが、レイジに口を出した。

「ちょっと、何やってるの? 私たちの仕事はその子を連れ帰ることで、世間話をすることじゃない。もう少しで着くから待ってなさい」


 レイジはハジメの声を無視して会話を続けた。

「何があった?」

The System(システム)による進路適正判断があったんだ。僕は行きたい学校にいけなくなっちゃってわけ」


「そうなのか……。どんな学校に行きたかったんだ?」

「SRスポーツを専門にやる学校なんだ」

「SRスポーツ?」

「おじさん、ホントに昔の人なんだね」


「SRがセカンドリアリティってのは聞いたぞ」

「そうそう、第二現実上でやる競技スポーツだよ」


「野球とかサッカーみたいな?」

「そういう昔のスポーツをベースにしたものもあるよ。今は、第一現実つまりこの世界でやるスポーツは人気がなくて、皆SRスポーツばっかりやってる。プロ選手は大人気だし、お金もたくさん貰える。でも、プロになるのは倍率が高くて、専門の学校に行かなくちゃほとんど無理なんだ」


「ほぇ……」

レイジは少し間抜けな声を出して驚く。

「でも、頑張ればなんとななるかも知れないぞ。戻って練習しなきゃな」


 レイジがアルを元気づけようと、ぽんっと肩を叩いたときガタッと屋上のドアが空いた。


「何、適当なこといってるの?」

ハジメがそう言いながら歩いてくる。


The System(システム)による判断に従いなさい。それがあなたの為よ」

「おいおい、こいつはまだ11才だぞ。将来の夢を持って頑張るのは悪くないだろ」


「早いうちから将来の職業に向けて適正を高めていく、それが最も合理的なの。あなたの時代だってそういう事はあったんでしょ?」

「そりゃ、一部ではそういう事もあったかもしれないが……」


 レイジは一瞬言い淀むが引き下がらない。

「目標に向かって努力するのは、個人の自由だろ」

「……確かにそれは自由。だけど、The System(システム)による判断が、最も客観的で確実性が高いの。彼が後から後悔することになったらどうするの? あなた責任とれるの?」


「責任……って。というかそのThe System(システム)とやらはそんなに完璧なのかよ。未来予知ができるとでも?」

「……The System(システム)は現時点で存在している情報を元に最適解を導き出すだけ。勿論、百パーセントの精度で未来予知なんてできないわ」

「だったら――」


「でもね。私たちが持っている判断手段の中で、最大多数の最大幸福を実現するために最も確率の高い道を示してくれるのは間違いない。集めている情報も処理能力も、人間では到底届かない粋に到達している。The System(システム)によって彼はプロ選手を目指すべきではないと判断された。あなたは知らないでしょうけど、私たちの社会にだって、これまでのThe System(システム)の運用実績があって、それを信頼しているの。人間が勝手な判断をして希望を持たせるのは合理的ではない」


 ハジメのつらつらとした説明を聞いてレイジはしばし黙ってしまう。


「……The System(システム)とやらの判断は覆らないのか」

「……さっき言ったように予測は何処まで言っても百パーセントにはならない。彼がこの先、The System(システム)ですら予想できなかった成長をすればね……」


「予測を覆す要素は何かないのか?」


「既に考えられる要素は加味されてる。そんな簡単には変わらないはず」


 そんな様子を黙って見ていたアルが立ち上がって言葉を発した。

「いいよ、おじさん。僕だって分かってるんだ……。もう行こう」


 レイジも立ち上がって、ハジメに対して尋ねた。

「SRスポーツの能力は、第一現実の能力との関係性はあるのか? 例えば、こっちで早く動けたら、向こうでも早く動けるとか」


「ある程度の関係性はある。SRスポーツのプロの中でも、トレーニングのためにあえてこっちでも体を動かす練習をしているプロもいる」


「よし!」

レイジは少年の頭に手をあてる。彼の髪がくしゃっと広がった。


「俺は多少、拳法の心得がある。アルが良いなら稽古をつけてやれる」


「そんなことでThe System(システム)の判断を覆せるとは思えないけど……」

ハジメが口を挟むが、レイジは食い下がる。


「少なくとも、俺の存在はこの時代ではイレギュラー。十分可能性があってもおかしくないじゃないか」

「そんな根拠の薄いことで……」


 ハジメが再度言いかけた言葉を遮って、レイジはアルに対して微笑みかける。

「いいか、アル。本当にそのプロって奴になりたいなら、そんな簡単に諦めるな。俺と練習してからでも遅くないぞ」


「……まぁ……。練習してみるだけなら……」

「よぉし、それじゃこれから俺を先生、いや師匠と呼んでくれ」


「それはなんか恥ずかしい……。名前はなんていうの?」

「レイジだ。あっちのはハジメ」


「……じゃぁレイジおじさん、って呼ぶよ」

「せめてレイジお兄さんで頼むわ。ははっ」

 そう言ってレイジはアルの肩を抱いて屋上からの出入り口に向かう。


「……大丈夫なの? まぁ仕事は済んだからいいけど……」

ハジメはやれやれといった様子で二人の後に続いた。

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