2-7 ラーン トゥ クロール
廊下を駆け、時々飛び出してくる兵士をぶちのめす!
だけの簡単なお仕事……いや、これは結構大変。
だってこの城、ホント広い! 目標の中央広場に向かって結構走ってるよ?
広場に着いたらそこから最上階まで上がってかなきゃいけないわけじゃない。
遠くから見たけど、すんごい背の高い縦長の建物だったよ、このお城……
でも、こういうのって自分がSFヒーローしてるよな~って
何だか楽しくもなってくる、少年の心を失わないオッサンヒーローで御免ね。
どうも、そんな私が『マスクドDJ雷音』です。
惑星アモルフォの女王、死神アルノルディの城に乗り込んだ私達は、
宇宙海賊キャプテンワールドの捉えられている部屋を目指して
鎧袖一触の勢いで進撃中ってわけ。
奴らの銃はカナロアさんの不思議な装置で完全に無力化してるんで
かなり楽に進めているんだけど、尚も襲い掛かって来る敵さんの
対応は、基本私ってことになる……可哀そうに。
兵士達に恨みは無いけど、こっちも切羽詰まってるんでね。
何せ、また人質策を取られるわけにはいかないし、
女王に出くわしたら終わりっていうベリーハードな難易度の中
よく分からない建物の中を、駆けてかなきゃいけないわけだからさ。
でも、精一杯の手加減はしてるのよ。
古い西洋建築を思わせる通路には、絵画らしき物が並んでいて
それぞれ何で描いたんだか、何を描いたんだか分からないけど
これって、宇宙中から集められた芸術品の数々って事なんだろうか?
こんな状況じゃなかったら一つ一つじっくり鑑賞したいよね。
そんな私の目線を断ち切るように、銃剣の刃が迫って来る。
悠長に絵画鑑賞なんてしてるんじゃないよってね。
すぐさま、その御自慢の長物を絡め取り、バットスイングでぶっ叩く。
彼らの鎧はよく出来てるから、たぶん大した怪我は無いはずだ。
いや、たぶんじゃなくて、きっと大丈夫だよ、きっとね。
「長い廊下だな、広間はまだ随分先なので御座いますか?」
「そうだな、だがもう半分以上は来た筈だ」
「やっと半分なのですか……じれったい、もう一気に行くぞ!」
まだまだこの廊下が続くと聞いて溜息をつくとカナロアさんは、
手足を触手化して腕を伸ばすと、前方にある柱に巻き付けた。
そのまま飛び上がると、両足で私とメデアさんを絡め抱え込み
ゴムぱっちんのように、私達3人を向かう先へブッ飛ばした。
凄い! 蜘蛛のヒーローか、麦わら帽子の人みたいだ!
物陰で私達の接近を待ち伏せていた奴も、ただ見送るしかない。
こんな方法があるなら、もっと早くにやって欲しかったよ。
まぁ、こんなに遠いとは思ってなかったのは私も同じだけど。
なんて事を考える暇はぜんぜん無くて、急に視界が広がった。
この城の中央にあるお目当ての広場までやって来たんだ。
カナロアさんは姿を人型へと戻し、放り出された私は
急な事に焦りつつも、ズッコケずにヒーロー着地を決めた。
広間は周囲を廊下と同じメタリックグレーの廊下が囲み、
その内側は中庭なのかな? キラキラと輝く液体が流れる川や
滝や池があり、その上に掛かる橋やデッキようような物も幾つか見える。
ざっと見渡して、サッカー場なんかよりもぜんぜん広い気がする。
見上げると周囲の廊下は、らせん状に吹き抜けを上へ上へと
遥か高くまで続いている。
そんな私達を見下ろす兵士達の1人と目が合っちゃった。
これは、まだまだ上で待ち構えてますよ~って事だよね。
エレベーターらしきものもあるみたいだけど、使えないわなぁ~。
だったら……
「ここも、一気に行きましょう」
「何?」
「ん?」
戸惑うカナロアさんとメデアさんをひっ捕まえると、
肩に担いでお米様抱っこ状態にしたら、ぐっと深く屈伸し
そのまま真上に飛び上がった。
あの装置を持ったカナロアさんが近くにいると、
ビーム銃が使えなくて、兵士達は吹き抜けを飛び上がっていく
私達には手も足も出ず、ただただ目で追うしか無いようだ。
そんなわけで最上階には、私のジャンプであっという間に到着。
壁や柱に刻まれた彫刻は他のフロアと違って、より複雑で
ここが特別な場所である事を静かに訴えかけてくる。
誰かさんとは違って、肩の上の2人を優しく肩から下ろし、
周りを見回すと、四方向にそれぞれ大きな扉というか門が見える。
キャプテンワールドは何処に捕らわれているんだ?
きょろきょろしている私の耳に、メデアさんの強い声が刺さる。
「急ぐぞ、超新星のレリーフのある扉だ」
ど……どれ?
超新星を彫刻で現した物なんて、どういう……あ、アレだわ。
正しく、それとしか言えない扉が目に飛び込んで来た。
しかも有難い事に、一番近くにある扉がそれだ。
しかしその時、エレベーターで登って来た数人の兵士が
その扉の前に立ちはだかった。
全く最後の最後まで面倒臭いったらありゃしないね。
イラつきながら、連中へ突っ込み先制パンチを食らわせた。
数にものを言わせ、そこへ折り重なるように飛び掛かって来る
兵士達を蹴っ飛ばし、引っ叩き、振り回し、蹴散らしていく。
しかし、中に1人特別動きの良い奴がいる。
手に持った銃剣の刃先が欠けているアイツだ。
「やっぱ、あんたは他のとは数倍違うな、鎧のカラー変えたり
兜に角を付けたりしないの?」
「それに何の意味がある!!」
まぁ、このネタが通じることは無いと思ってるけどね。
それどころか逆に気を悪くさせたのか、一心不乱な様子で
激しい斬撃を繰り出してくる。
空振りした剣は、周りにある物を次々と切断してゆく。
いけないなぁ、怒りと体に自分を任せて技を忘れた戦法じゃ
私みたいなトリックスターは倒せないよ。
あ、さっき雑魚兵達をイラついてボコってた私と対して変わらない?
こういうのが、人の振り見て我が振り直せだね。
降り下ろされる銃剣を右手で掴み止めると、添えた左手を支点にして
振り上げた銃床が、見事奴の顎を捉えた。
兜は砕け散り、その兵士は倒れ動かなくなった。
「さぁ、急ごう」
倒れる兵士達を越えて、とうとうキャプテンのいる扉に到着した。
押すと、大きさに反して、さほど重さも無くゆっくりと開き、
そこから目に飛び込んで来たのは、相変わらずの灰色一色なんだけど、
眩しいくらいの輝きが、目に突き刺さって来た。
鏡のように磨かれたピカピカの壁や床や柱、とても高い天井に
それに届きそうなくらい縦長の窓が、ぐるりと並んでいる。
しかし、そこにキャプテンワールドの姿は無いんだ。
その代わりに居るのは、周りの無機質な無彩色な世界の中に
まるで溶け込むように、しかし圧倒的なオーラを放つ人物。
言われなくても分かる、これが誰もが恐れる全宇宙を
恐怖で支配する絶対的支配者、死神と称される女王だ。
ゆっくりと、こちらへと歩み寄って来る姿は神と称されるのも
思わず納得の神々しさがある。
死神と言うにはあまりにも生に満ち溢れた、いや性に満ち溢れた?
セクシーな、薄布を巻き付けたようなドレスを着ている。
絶大な権威を示すような、大きな王冠を頭に被り、
その他全身に煌びやかな装飾品を至る所に散りばめている。
「女王、ご機嫌麗しゅう御座います。お待たせ致しました。
御言い付けの辺境の戦士、只今連れて参りました」
「へ?」
いつの間にか、私の一歩前へ歩み出たメデアさんが、
跪いて妙な事を言いだした。
「ご苦労でした、メデア」
「恐悦至極に御座います」
「うむ、そなたが辺境の星に住む戦士、ライオンですか。
メデアやワールドから聞いております、よくぞ参られました。
我が主力艦隊を退け、そしてあの親衛隊長すらも圧倒したのですね。
合格です、そなたこそ紛れも無く我が求める宇宙最強の戦士。
どうぞ末永く、このアモルフォに尽くして下さい」
え……ど、どういう事だこれ?
カナロアさんと顔を見合わせ、女王へ向き直りキョロキョロと
情けないリアクションになるのも仕方ないよね、これ。
アワアワと何も言葉を発せないでいると、さっきの親衛隊長が
ややおぼつかない足取りで私の前へとやって来た。
砕けた仮面の下は、ダンディな髭を蓄え、キラキラした碧眼の
中年男性向けファッション雑誌で表紙を飾りそうな男だ。
「ライオン殿、そなたの武、正にこの宇宙に並ぶ者無しだ」
「あ……そりゃ、どうも」
「これより先、共にこのアモルフォを……ぐぅっ!!」
「ど、どした?」
突然目を見開き苦しみだした親衛隊長の顔色が、みるみる青ざめる。
目は真っ赤に血走り、涙と汗とが噴出し床に叩きつけられる。
「じょ、女王……!?」
「ご苦労でしたセルデューク」
セルデュークと呼ばれた親衛隊長の開いた瞳孔が見詰めるものは
眩いほどキラキラした女王の笑みだった。
瞳が銀色に輝き、長い髪と煌びやかなドレスが緩やかに舞っている。
女王の翳した掌が握られると同時に、セルデュークはその体を
身に纏っていた鎧諸共、粉々に崩壊し目に見えない程の粒となって
消えてしまった。
これが、死神の技なのか……。
一体何をしたんだ? 一瞬の内に人一人が消えてしまったぞ。
そんな一瞬の沈黙を遮って、メデアさんが口を開いた。
「女王、我らのキャプテンの事なのですが……」
「そうでしたね、約束通り計らいましょう」
「それでは!」
「うむ、数日の内に手配致しましょう」
「しかし、それではっ」
「我は、数日待つよう申しておるが?」
「ははっ」
「うむ、ではそなたは下がって良い」
「ははっ」
メデアさんは深々と礼をすると、さっさと出て行こうとする。
「ちょっと待った、これはどういう……」
「こちらに企みがある事は、とっくに気付いていたんだろう?」
「へ?」
「あと、テラ人ごとき野蛮人が我らを出し抜けるなどと、
思い上がりも良いものだと、言ってあった筈だ」
そう冷たく言い捨てると、私の手に小さな物を握らせた。
見るとそれは、あの海賊船の一室に仕掛けられていた盗聴器だった。
何ってこった……。
呆然とする私に、それ以上の視線を向ける事は無く
メデアさんは女王の部屋を後にしてしまった。
向き直ると、吸い込まれるような満面の笑みを浮かべる
女王の目が、私を真っすぐに捉えていた。
……ちょっと、ブレイクな。




