表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スウェーデンという経験  作者: 泰平
7/10

短編連載(7)


泰平タイヘイと申します。

投稿1弾は、大学生時代の留学経験を基に書いたフィクションです。


7話目は、これまで話していた「彼」の原稿について...



僕自身は書きながら深刻になりなりすぎる気がございますが、読者さんには、サーと読み流していただいて、面白いと言っていただける方がいれば当分連載を続けたいと思います。

【人生は幸福と不幸と孤独によって成り立っている。】とその原稿は始まっていた。


 なんだかとても変なかんじがした。 

 というのも、ざっと読んで見たが、日本語のおかしな所なんて、ほとんどどこにもなかったからだ。


【ちょうどビールが麦とホップとプリン体で成り立っているように..。


 つまり、人生と幸福を分けて考えることはできないのだ。だから、人生の目的は「幸福」ではない。幸福とは人生そのものである。

 幸福である時、それは同時に不幸でもあり、また孤独でもあり得ると僕は思う。


「幸せになる」ということを目標に掲げている人の言葉を僕は信用できない。


 それは、耳にする幸福という言葉の多くから、俗っぽい響きしか聞き取れないからかもしれない。その意味する幸福とは数えることができるものなのである。


 一時的で、多様で、かつ物質的なものが幸福と呼ばれる。

 長くは続かない、だからあなたは幸福を大事にしなければならない、と思うのだろう。

 人生における幸福の重要性を疑ってはいない。ただ僕が言いたいのは、幸福そのものは人を救い得ない、ということだ。

 幸福は終わってしまった後では記憶としてしかあなたの中に残らない。


「例えば僕がスウェーデンにいて、外気が凍りつくような冬の夜に、暖炉の前で向かい合って編み物をする美しい女性を見ているとする。


 暖炉の光で手首と顔の白く透けるような肌を仄かなオレンジ色に染めて、彼女の姿は、月明かりも入ってこない部屋で輝く灯のように、際立っていた。

 彼女はクリスマスまでに僕に何か編んでくれるつもりらしく、二本の編み針を器用に交差させて、ぬくそうなものを作っている。もし、孤独を含まない闇というものがあるとしたら、まさに彼女と僕がその時囲まれている闇がそうなのだろう。そういった全ては、言うまでもなく幸福を意味する。しかし、それは『その時の僕』は孤独でも不幸でもなく、幸福であるということにすぎない。僕はいずれ日本に帰らなければならないし、彼女はスウェーデンを離れるわけにはいかない。


彼女と別れて何年かしてから、僕はまたスウェーデンに訪れる。そして、夕食の材料を買いに偶然立ち寄ったスーパーで彼女と再会する。彼女は夫に、小さな子を預けて熱心そうに野菜を見ていた。僕は自分から彼女に声をかけ、本当に久しぶりだったので無事を喜び、早口で近況を報告し合う。最後に彼女はぜひ今からディナーを一緒にしようと言う。でも僕は「スウェーデンにいる間に」と、ディナーパーティの約束だけして、その場は離れる。別れ際、これは良い兆候なのだろうと僕は思う。『またね』と彼女は言う。」


 僕は幸福だった。そして、同時に少し孤独で、あまり恵まれない立場にいた。】


 これは、タツロウ自身の手記ではないか、という気がした。

 最後の数行だけ、ペンを変えたのだろうか、やけに読みにくい。

連載にしましたが、毎日2千字くらい書いて投稿していきます。

全体で、約2万字ほどの一片の短編小説にする予定です。


泰平

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ