何でですか?!
何時も無駄に色香を垂れ流す長兄は、その薄い琥珀色の瞳に憂いを湛え、弟を見た。
「……ラザロス、君に悪気は無いと分かっているよ。
でもね、
――危険物の管理は、しっかりおやり」
愛する妻の部屋で、神剣さんが放電したと聞きつけ、泡を食って駆け付けた王太子は、炭化して見る影も無くなった妻への愛の証に悲し気な溜息を吐く。
神剣さんだけではなく、城内では暴れ馬や戦闘狂が物を破壊して回ったそうなので、今夜は愛妻と眠れそうもない。
「申し訳ございません」
素直に謝る次兄の頭を、わざわざ室内まで乱入してきた神馬の末裔が、ガシガシと噛んでいた。
次兄の愛馬は、元帥相手に大暴れしても、まだ腹の虫は収まっていないらしい。
だが、次兄を主人と認識しているワンコ達の周りの空気が、厳冬期よりも冷たくなっているので、本気でやめてほしい。
「起こってしまったことは仕方がないのだけれど、――どうしましょう?
ラザロスさんは、ヨアナさんとシャルに用事があったのに、ヨアナさんの衣装がこれでは話をさせられないわ」
長兄に抱きしめられていた義姉が、困った様に小首を傾げる。
大好きなお義姉様のドレスは、不審者化した元帥に迫られ錯乱したふわもこワンコにより、一部がボロボロになってしまったのだ。
不幸中の幸いと言うべきか、お義姉様のドレスは、何枚も布を重ねた意匠だったため、破損は素肌を晒す程ではない。
ただ、それを直すために、義姉がお針子を手配してくれたのだが、不思議機能で飛んできた神剣さんに邪魔をされ、まだそのままだった。
いくら何でも、既婚者といえまだ若いお義姉様が、破けた衣装のまま、独身の次兄と話をするのは、外聞が悪すぎる。
「ラザロス兄上、すいませんが、兄上の用事は後の機会に回してください。
お義姉様は、新しいドレスを作らなければいけませんから」
「シャル、今着ているドレスは、少し直してもらえれば、また着ることが出来ると思うの」
キリっとした顔で次兄に言い切ったシャルロッティに、お義姉様は苦笑いした。
「お義姉様、お義姉様が新しいドレスを作るのも、大事なお仕事なのですっ!
折角、雇った職人達が今までにない色の染料を開発したのですから、作ったドレスでどんどん宣伝していかなければっ!!」
シャルロッティが雇った、移民の職人達が、新たな染料を開発したのは本当だ。
そして、良いものを開発したって、宣伝しなければ売れないのは、事実である。
「うむ、そうだな」
真顔で頷いた次兄は、ひょいとシャルロッティを肩に担ぎあげた。
「……。
ラザロス兄上、どうしてこうなるのですか?」
「ヨアナ殿が忙しいのは仕方がないが、お前は動けるだろう」
突然高くなった視界に、シャルロッティは呆気にとられるが、次兄は当然の様に言い返してきた。
次兄よ、なぜ不思議な顔をしているのだ。
「ラザロス兄上、私にも、お義姉様のドレスを選ぶと言う、大事なお仕事があるのですっ!!」
「今回は、義姉上に譲ってやれ、シャルロッティ。
義姉上が羨ましがっていたのだ」
「では、義姉上と一緒に選びますっ!!!
早く下してくださいっ!」
シスコンを拗らせた次期大公はジタバタと暴れるが、彼女を担ぐ騎士団長はびくともしない。
そんな弟妹の様子に、王太子は片手で額を押さえた。
「……ラザロス、まずはシャルロッティに要件を話しておやり。
君にとっては、重要度が高い要件なのだろう?」
「ええ」
長兄の問いかけに、次兄は真顔で首肯した。
「――ちょっと、シャルロッティに部下を育てさせようと思います」
「――何でですかっ?!」
肩に担がれたまま、シャルロッティは次兄に突っ込む。
いくら家族であろうとも、軍部の次兄に、大公領の人事権に嘴を突っ込まれる謂れはない。
シャルロッティの叫びに、次兄は胡乱な顔をした。
「――部下一人育てた経験もないのに、自分の婿が育てられると思っていたのか?」
「ラザロス兄上、部下と婿は別物でしょうっ?!」
次兄の背中を、シャルロッティは両手でバンバンと叩く。
少なくとも、シャルロッティの中では、部下の育成と婿の調教は別物だ。
と、シャルロッティは、長兄の笑顔が妙にキラキラしていることに気が付いた。
そう、気持ち悪いくらいに優し気で、イラッとするくらい慈愛が籠った表情。
「――そっか、それじゃあ、頑張りなさい」
「はい、兄上」
笑顔で手を振ってきた長兄達に会釈を返し、次兄は足を踏み出した。
――そこの馬とどデカワンコ。
そのアホの子を見る様な目は何なのだ。
……と言うか、お義姉様のドレス選びはっ?!!!
「――え、ゼノン兄上、何でですか~~~~~~~~~~っっっ??!!!!」
シャルロッティの悲鳴は、無情な扉に中断された。
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