神剣さんは退散しません
義姉に叱られ、しょんぼりと肩を落とした次兄は、とぼとぼと神剣さんに近寄ると、柄を掴んでテーブルの残骸から引き抜く。
剝き出しになっていた緋色の刀身は、瞬き一つで、重厚かつ特別感溢れる鞘に収まっていた。
流石神造の剣と言うべきか、神剣さんは不思議機能が満載である。
ただ、次兄の方は、神剣さんの憑きまといで慣れてしまったのか、何の感慨も見せずに懐から取り出した布で、神剣さんをぐるぐる巻きにしだした。
滲んだ黒い塗料で、訳の分からない模様が描かれた細長いその布は、神剣さんへ呪いの剣らしさを付与している。
……とりあえず、次兄は、神剣さんを持ち歩く気にはなっても、使う気はさらさらないようだ。
「……ラザロス兄上、何なのですか、それは?」
更に、次兄が懐から古ぼけた紙の束を取り出したので、シャルロッティは突っ込んでみた。
……次兄が神剣さんに張り出した、掌程の細長いその紙には、これまた滲んだ、黒々とした太い線でこう書かれていたのだ。
悪 霊 退 散、と。
――それは、国交も碌にない、東方の国の文字であったから、次兄はきっと意味を理解しちゃいるまい。
「ああ、部下達から連名で贈られてきた東方の品だ。
神剣に張り付ければ、きっといいことがあるらしい」
次兄のざっくりとした説明に、シャルロッティは思わず額を押さえた。
……次兄よ、きっといいことなんて、ふわっとした理由で、不穏極まりない見た目のお札を、神剣さんにべたべた貼ってはいけません。
――このざまでは、神官達が、また号泣するのではなかろうか……?
神官達からの苦情の嵐が予想でき、シャルロッティは頭が痛くなる。
シャルロッティに苦情を出されたところで、神器への敬意が碌にないポンコツが相手では、神剣さんの現状は改善しようもないのだ。
まあ、神剣さんを放置しまくる次兄であるが、何だかんだで人が良く、知り合いの心遣いを無碍にはできないところがある。
今回のお札も、自分への部下達の気持ちが籠っていたから、次兄は有り難く受け取り、とりあえず、神剣さんに貼ってみたのであったのだろう。
だから、鍛冶師達の使い手への心遣いが詰まった次兄の愛用品を、不思議機能で全滅させたことも、神剣さんの敗因の一つであるかもしれない。
ふわもこワンコにつれなくされた逆恨みから、元帥に夜襲をかけられようと、のほほんとしている次兄が、その時ばかりは地面に崩れ落ちていたのだから。
――ちなみに、部下達のお札チョイスは、神剣さんの行動が、どう頑張って表現しても呪いの剣としか受け取れないせいもあったのだが、シャルロッティは知ったことではない。
己の扱いへのショックが過ぎたのか、実に静かな神剣さんに、シャルロッティは憐みの目を向ける。
次兄よ、部下達の選択が間違っているのに、そろそろ気づきましょう。
神剣さんは、悪霊ではないから、退散なんてしないのです。
だが、惜しかった。
――『神霊退散』なら、あるいは、効果があったかもしれない。
「よし」
「……それで、良いのかしら?」
まるっきり怪談話風の神剣さんの装いに、次兄は満足気な顔をしていたが、義姉は可哀想な子を見る目で、次兄の腰に括られた不気味な布とお札の塊を眺めていた。
「これで、神剣の被害は出ないはずです。
恐らく」
キリっとした顔で語る次兄だが、その根拠が紙切れ一枚よりも心もとない。
――東方から流しても良いと判断される程度の汚い布と紙に、由緒正しき神造の剣がどうされると?
その証拠に、神剣さんの惨状には、彼の飼い犬達の反応もイマイチなのである。
三つ脚ワンコは、虚ろな目であらぬ方向へ顔を背けているし、どデカワンコなど、その強面に似合わぬ慈愛の眼差しを次兄へ向けているではないか。
あと、シルキーは、何故か次兄をキラキラお目めで見上げていた。
きっと、ふわもこワンコは、その毛皮と同じく、頭の中もほわほわなのであろう。