妾腹子爵は面倒臭い
*従兄視点
脳筋に絡まれたら、次期大公に狙っていた見習い娼婦の交渉権を分捕られていた。
きりっとした顔で、娼館の女主人と話し合っている従妹姫に、レヴァンは半眼になった。
最終的に父親への嫌がらせになるのはいいのだが、彼が求める水準を満たす胸を横取りされるのは釈然としない。
まあ、娼館で王位継承者二人組とかち合ったことに関しては、もう従兄弟だから仕方ない、と、諦めるしかないのだが。
軍事に特化しすぎて、その他に関してポンコツにしか見えない脳筋の行動指針は、戦闘狂のせいで研ぎ澄まされた野生の勘だ。
当の従兄弟は自分なりに考えていると思い込んでいるようだが、絶対後付けで思考しているだけだろ、あれは。
従兄妹に自分の企みを妨害され、半ば不貞腐れていたレヴァンの袖を、馴染んだ指先がそっと引っ張った。
レヴァンには関係ない交渉から意識を外し、背後を振り返れば、従者が唇を動かした。
《いいの?》
アステリの声なき言葉を読み取って、レヴァンは肩をすくめた。
《問題ない》
お互い、読唇術を身に着けているから、声を出さずとも意思疎通に支障はない。
それに、レヴァンの心情以外に問題はなかった。
用事がなくなったし、さて帰るか、と、部屋の主に無断で扉に向かおうとしたレヴァンの肩を、皮膚が硬くなった掌ががっちりと掴む。
ひくりと頬を引き攣らせ、自分の肩を掴む手が伸びてきた先を見れば、レヴァンに向かって親指を立てる脳筋の姿。
大嫌いな父親が馬鹿にする、青みを帯びた黒髪こそ異なるが、その瞳の薄い琥珀色が自分と同じであることに、レヴァンは毎度のことながらビミョウな気分になる。
だって、王位継承者との共通点があったところで、父親に求められた金髪を持たないレヴァンは、公爵家のお荷物のままだ。
《この借りはすぐに返すのだ》
《借りとか言いながら、仕事持ってくんなよっ?!》
妹の交渉の邪魔にならないためか、声を出さない従兄弟の台詞に、レヴァンは無声で慌てて釘を刺す。
この脳筋、酔っぱらった戦闘狂に斬られた拍子に、大事な螺子も飛ばされたようで、放っておくと、働きたくないレヴァンに書類の山を持ってきやがるのである。
公爵領に軍事的要衝があるのは知っているし、実質的な軍部の長としてその土地を気にしているのは分かるが、なぜレヴァンに仕事を振るのだ、面倒臭い。
王位継承者たちが自らの責務に忠実なのは分かっているが、王家の末姫のように幼少時から働きづめとか、レヴァンからしてみれば単なるマゾだ。
そして、最高の権力と贅沢を得られようと、逃げられない義務と命の危険が込みな地位に執着する父親も、レヴァンは馬鹿以外の言葉が見つからない。
羽振りのいい中堅商人ぐらいの生活水準で、適当にダラダラして日々が過ごせれば最高ではないか。
レヴァンが夢見てやまない悠々自適の楽隠居生活には、過度な贅沢も面倒な義務も仕事も存在しないのだ。
《楽しみに待っているのだ》
《借りを返すなら金寄越せっ!!》
不安にしかならない真顔の従兄弟に、レヴァンは鬼の形相で念を押した。
レヴァンに読唇術を教えたのは目の前の従兄弟なのだから、レヴァンの台詞は伝わっているはずなのに、相手に言葉が伝わっている気が全くしない。
軍人として最適化されて、当人も剣としての在り方を選んで、たまに思考停止してんじゃねぇかこの脳筋とか思うが、人間最低限の冗長性まで削ぎ落したらろくなことにならないと、若き騎士団長が証明していた。
こんなんだから、レヴァンは副団長に優しく肩を叩かれ、第二王子の文通友達には、なんて見事な旗立てと、意味不明な感動の眼差しを向けられるのだ。
面倒臭い。
レヴァンは、げっそりしながら、茶が混じる金髪を片手でかき混ぜる。
妾腹であるレヴァンには、高貴なる者の義務への誇りなど育っていない。
公爵であるレヴァンの父親さえそんなもんはないのだから、王家の直系とは生きる世界の乖離を常に感じる。
正直、平和のために一部が我武者羅に仕事しなきゃいけないとかあほらしいし、王家が変に頑張るから、他が怠けて子供が働く羽目になるんじゃなかろうか。
と言うか、ちびっ子に働かれては、レヴァンが心置きなく怠けられない。
――自分が仕事しているからレヴァンもしろとか、ほっとけよ。
ぶっちゃけ、レヴァンは自分が良ければそれでいいのだ。
そんなレヴァンの希望などどこ吹く風で、苛烈に磨かれた薄い琥珀色の双眸は、なにを考えているのか予測しづらい。
《金よりも使い勝手がいいのだぞ》
従兄弟の声なき言葉に、レヴァンの肩がわずかに揺れる。
何も考えていないようで、外れだけは掴まない従兄弟をねめつけ、レヴァンは鼻に皺を寄せた。
父親や腹違いの兄弟たちよりは遥かにましだが、毎回毎回面倒ごとを持ってくるのはどうにかならないのか、この従兄弟は。
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