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次期大公は、違うのです

 いつものほほんとしている次兄が、珍しく物憂(ものう)げな表情をしていた。


「レヴァン、――シャルロッティの教育に悪い言動は、控えてほしい」

「その前に妹の前での暴力行為を控えろや、この脳筋っ!!

 次期大公様まで頭の中身がきんに――いででででで、おまっ――あたまがっ―――――」

「ラザロス兄上、ここでレヴァンが気絶したら邪魔なだけなので、レヴァンの頭を放していただけませんか?」


 ぎゅううううううううっと、従兄(いとこ)の頭を片手で鷲掴(わしづか)みにしている次兄に、シャルロッティは苦言を(てい)した。

 意識のない人間というのは、意外と運ぶのが面倒であるし、今更教育的指導(物理)を食らわせたぐらいで、筋金入りの面倒くさがりが更生するなら世話なかろう。


「シャルロッティ、生き物を拾うと決めたら、面倒は最後までするのだぞ」

「あのですね兄上、私は、レヴァンではありませんからね」


 心配そうな次兄に、シャルロッティは(ほお)(ふく)らませて答えた。

 いくら血のつながりがあろうと、働きたくないが口癖の(なま)け者と一緒にされるのは、シャルロッティには心外である。

 なぜなら、すでに(たく)された(まつりごと)の権限と責務、そして、それらが担う民の安寧(あんねい)は、幼い次期大公の矜持(きょうじ)で存在理由だ。

 ――やる気云々(うんぬん)ごときで放り投げるものでは、断じてない。


「……気が済んだら、いい加減に頭を放してくれませんかね、殿下」

「レヴァンは、もう少し自分が周りに見られていると考えるのだ」


 口を曲げる従兄の頭から、次兄は溜息交じりに手を放す。

 すぐには痛みが引かないようで、涙目で頭を押さえる従兄は、それでも皮肉気に(わら)った。


「代替品にもならない妾腹を見る奴のほうがおかしいでしょう」


 (くら)い何かを(はら)む声。

 望まれたものを持たなかったせいで、望むものを得られなかった従兄は、すっかり(ひね)くれてしまっている。

 シャルロッティは、そんな従兄を以前はなんとも思わなかったが、最近なんだか面倒臭さを感じるようになってきた。


 ――やはり、同じく家族に(かえり)みられることがなくても、努力を絶やさなかったお義姉(ねえ)(さま)が、素敵すぎるせいだろうか。


 唐突に降ってきた、哲学的な疑問に思いを()せるシャルロッティを余所(よそ)に、いたって真顔な次兄が、従兄に向かって親指を立てた。


「問題ないのだ、レヴァン。

 ――我が国には、おかしい人間が多いらしい」

「ラザロス兄上、むしろ問題がない理由に問題がありますよねっ?!」

「おい殿下、その前に、おかしい人間が多いって、どこからの情報なんですかねっ?!!!」


 次兄の問題発言に、シャルロッティたちは、(そろ)って突っ込みを入れた。


 ……元帥と書いて戦闘狂と読む、おかしい人間の筆頭はすぐに頭に浮かぶが、うちの国におかしい人間が多いって、なに…………???


「キリルからの手紙に書いてあったのだ」

「そもそもあんたの親友続けている時点でフィラカスがおかしいわっ!!

 ――でっかい鳥に(さら)われて、行方不明になってる外交官からの情報なんか信用すんなぁっっっ!!!」

「なにを言うのだ、レヴァン。

 信用できるから、キリルは外交官に任命されたのだぞ」

「話になんねぇなっ?!!」


 激しく食い違う次兄とのやり取りに、レヴァンが先程とは違う意味で頭を抱える。

 次兄のあんまり具合に眩暈(めまい)を覚え、無意識に首を振ったシャルロッティは、ふと、自分たちへ向けられる視線に気付いた。

 気付いて、しまった。

 そして次期大公は、そこに込められたものを読み取り、雷が直撃する以上の衝撃を受けることになったのだ。


 ――常に表情の乏しいレヴァンの従者はさておき、娼館の女主人や元娼婦見習いの娘の眼差しは、……明らかに、へんなひと()()に対するものである。


 つまり。

 現時点で。

 少なくとも二名には。

 シャルロッティも、次兄やレヴァンと () () と認識されて、い る わ け で 。


 残酷極まりない現実に、うっかり吐血しそうになった次期大公は、()だ折れぬ自らの誇りを支えに、よろめきかけた足を踏ん張る。

 怒りはない。

 ――怒ってはいけない。

 だって、彼女らは、自分たちを知らない。

 知らないものは、情報がなければ理解できず、その情報も、受け取る手段や状況次第で、精度が損なわれ、あるいは変質する。

 間違った情報に(もと)づいた理解から生まれた、誤解や偏見は、だが、当人だけが悪いわけではないのだ。


 だから。

 要するに。

 おかしな引っ()き回し方で、彼女らにとんだ誤解をさせるような現状を作った、次兄と従兄が一番悪い。


 どうしようもない次兄と従兄はもう放っておいて、シャルロッティは本来の交渉相手に向き直る。

 髪の毛一本まで洗練された所作(しょさ)は、例え襤褸(ぼろ)(まと)おうとも、その血が受け継ぐ高貴を見せつける。

 浮かべる笑みは、お義姉様のように柔らかく穏やかに、……(おど)しではないのに、(おび)えられたのはなぜだろう……。


 お義姉様のように素敵になるには、まだまだ修練が足りないらしい。


 内心で自らの未熟を猛省しながら、シャルロッティは口を開く。

 ねじ曲がった理解を修正するには、ただ正しくあり続けるしかないのだ。


「それでは、交渉の続きをしましょうか」




 シャルロッティは、次兄や従兄とは、違うのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 変な人間が多い国(笑) ロックな大鳥に拐われ中のキリルさんのファミリーネームがさりげなく明らかになってた。 次兄様?そう言えばあまり親友の事を心配していないかと思っていたら、斜め42度(…
[一言] 今までを振り返ってみても、シャルロッティが変人ではないと思えないので、間違いなく変人です。単にその2人とはベクトルが違う変人なだけです。 自分の家族計画を語ってお義姉さまに眩暈起こさせたの忘…
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