表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

おんなは顔ではないのです

*初め第三者視点

 月の光さえも(うと)ましく、カーテンを閉め切った部屋には、日中にもかかわらず、薄闇(うすやみ)沈殿(ちんでん)していた。


 もう血の流れぬ傷が原因の、時折(ほお)を走る(にぶ)い痛みが、幾度(いくど)も彼女に現実を突き付ける。

 (たた)き壊した鏡を見ずとも、決して消えないと理解できる傷痕(きずあと)は、彼女の(ささ)やかな未来予想図を簡単に破り捨ててしまった。

 商品としては致命的な(きず)を負い、それでも彼女が捨て置かれなかったのは、育ての親代わりの女主人の慈悲(じひ)と、打算の結果だろう。

 かつて、この国を(おこ)したという半神が有したそれと似ているらしい、瞳の黄金色(こがねいろ)と、光の加減で女神の末裔(まつえい)のそれに見えなくもない、(ぎん)(かい)の髪。

 珍しい組み合わせの色彩は、ただそれだけで価値を見出す好事家(こうずか)だって、居ないことは無い。


 ――例えば、まだ見習い娼婦にすぎない彼女に、どろりとした粘性(ねんせい)の視線を向けていた客のような。


 こもっていた私室の(とびら)(たた)く音に、彼女はのろのろと顔を上げる。

 ただの事故か、それとも何者かの悪意だったのか。

 客同士の(いさか)いに巻き込まれ、高級娼館(こうきゅうしょうかん)の要求を満たす(おもて)を深々と切り裂かれた彼女には、原因など何も意味がない。


 このまま死ねば、ただの無駄死にで、――これから生きていくなら、金が()るのだ。

 どの様な手段で、手に入れるのであれ。


 死にたくないなら、生きていく覚悟を決めるしかないではないか。


 いつか。

 ……そう、いつか。

 幸せになりたいと願ったまま、(みじ)めに死ぬことだけは、不格好(ぶかっこう)にひしゃげた彼女の矜持(きょうじ)()えられない。


 応えた声は、しばらく使われていなかった(のど)のせいで(かす)れて、ひどく無様(ぶざま)に耳に届く。


 定位置になりかけていた寝台から、床に下した足は、よろめいて。

 それでも、()みしめ、歩き出す。


 指先まで神経を張り詰め、叩き込まれた優雅な挙措(きょそ)で武装する。


 ――心まで、(みにく)くなってくれるなと。


 その()り方に(あこが)れ、救ってはくれないと理解しても、憎めないひとの言葉が、頼りない(つえ)になる。

 かさついた(くちびる)に乗せた(べに)は、手放せない意地(いじ)だ。

 顔を上げて、自ら閉ざした(とびら)を開けた。




 その先で。




 彼女に向けられた三対の瞳の、薄い琥珀(こはく)(いろ)は、確か王族に特有のものであったはずだ。


「――採用」


 なぜか彼女の顔ではなく、胸元をガン見していた、茶髪混じりの金髪の青年が、そんな事を言いながら親指を立てた。


「だから、レヴァン、その女性は、シャルロッティに部下として育てさせる予定だと言っているだろう」

「その前に、そこの方の意向も()んであげましょうよ、ラザロス兄上」


 真顔でのたまう青みかかった黒髪の青年に、片手で額を押さえながら、真っ赤な髪の少女が突っ込みを入れる。


 予想の前に、彼女の常識すら外れた組み合わせの『客』達に、元娼婦(しょうふ)見習いの娘は固まるしかなかった。


 ◆◆◆


 シャルロッティの言葉に、従兄(レヴァン)露骨(ろこつ)に嫌そうな顔をした。


「なんだよ、騎士団長様と次期大公様は、とうとう権力振り回すことでも覚えたんですかね?

 たかが一般市民に、公爵家(こうしゃくけ)妾腹(しょうふく)子爵(ししゃく)と、王位継承権持ちの発言力を比べさせろってか?」

「そもそも、貴方(あなた)は、そこの方に何をさせるつもりだったのですか?

 高級娼婦の見習いに、手が荒れるような炊事(すいじ)洗濯(せんたく)なんて、させる訳が無いでしょう」


 応接室に入ってきた娘を見やり、シャルロッティは胡乱(うろん)な目でレヴァンを見上げる。


 何よりも、双眸(そうぼう)宿(やど)る黄金色が印象に残る娘だった。

 病み上がりのせいか、白磁(はくじ)(ほお)はこけ、光の加減で銀色にも見える髪は、(ゆる)()まれて背中に流れる。

 その所作(しょさ)を見れば、なるほど、夜の(ちょう)として最高の教育を受けたのだろう。

 王家直系の姫であるシャルロッティの目にも、及第点を出せる礼儀作法を身に着けていた。

 だからこそ。

 夜の(はな)として君臨するに相応(ふさわ)しい相貌(そうぼう)に、――額から口の()近くまで、深々と刻み込まれた傷痕(きずあと)が、無残なまでに際立(きわだ)ってしまっている。


 高級娼婦の教養の中には、給仕に使えるものもあったはずだが、これでは、来客のもてなしに不向きではあるまいか。

 傷が(おとこ)勲章(くんしょう)な、脳筋ばかりの騎士団ではあるまいし、一般人が生死を彷徨(さまよ)う傷痕を目にする機会はそうないのだ。

 見慣れないものを受け入れるか、拒絶するかは、結局、個人の価値観次第でしかない。

 そして、裏方の仕事は、一夜の夢を売る華が、手を出す領分(りょうぶん)ではないのである。

 ……一応従者(アステリ)の前なので、娼婦本来の用途に関して、シャルロッティは、従兄妹(いとこ)の情けで言及(げんきゅう)しないでやることにした。


 シャルロッティの指摘に、レヴァンはいかにも小馬鹿にしたように、はっと(わら)った。


「末姫様も、まだまだお子様なんですね。

 ――いいか、女は胸が大事なんだ。

 化粧程度でどうにでもなる顔なんか、気にするもんじゃないんだよっ!!!」

「レヴァン、私達が今いるのは、高級娼館なんですけど」


 シャルロッティの従兄が、ある意味では清々(すがすが)し過ぎる、けれど、美容に気を使っている世の女性達を(ことごと)(てき)に回す台詞(せりふ)を、ドヤ顔で言いやがった。

 流石(さすが)のシャルロッティも、馬鹿にされてイラッとくる前に、ぶれないレヴァンに呆れるべきか、一周回って尊敬すべきか迷ってしまう。

 そして、レヴァンの瞳が、不敵な光を宿して次兄に向けられた。


「おい騎士団長様、軍部で潜入用に使う化粧道具があるだろ。

 どんな傷だろうと誤魔化(ごまか)せるやつがっ!

 裏は取れてんだ、うちの領地で軍事演習させてやってんだから、ちょっとは()()せっ!」


 補助金と自領の警備費削減目的で、子爵領での軍事演習を受け入れている従兄が、軍の備品を次兄にたかってきている件について。


 無駄(むだ)にふてぶてしい従兄に、次兄が理解しかねるという風に(まゆ)を寄せた。


「胸がどうだろうと、顔に傷があろうとなかろうと、淑女(しゅくじょ)は淑女だろう」


 次兄が、珍しくまともなことを言っている。


「うちのスカーは、胸が目立たなかろうと、傷跡が目立とうと、立派な淑女なのだぞ」

「スカーって、犬じゃねぇかっっっ!!!!

 今しているのは、人間の話なんですけどねっ?!!!!」


 ただのどデカワンコ自慢(じまん)だった。


「何を言うのだ、レヴァン。

 兄上目的で私に近寄ってこないし、私に毒入りの食べ物を渡したりしない淑女に、犬も人間も関係ないだろう」

「――なんであんたの淑女の条件が否定形なんだよっ?!!」


 次兄の女運の悲惨っぷりに、シャルロッティは頭が痛くて仕方がない。

 まあ、長兄目的の変態共に比べれば、賢くて働き者のどデカワンコは、十分以上に淑女であろう。


 それに、どデカワンコは、お義姉様を(かば)って戦闘狂に立ち向かってくれるし、でっかい(くま)もがぶりな…………しゅく……じょ………………?


 ――あれ、しゅくじょって、なんだっけ……???


 シャルロッティ、十二歳。

 王家の姫君なのに、淑女の条件が良く分からなくなってしまったとある日。


 Copyright © 2018 詞乃端 All Rights Reserved.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ