従兄はやっぱり従兄弟である
シャルロッティが、次兄と共に娼館の客間に足を踏み入れた時、娼館の女主人と向かい合っていた従兄は、二人を見るなり、うげっと言う顔をした。
「――うげぇっ?!
お前ら、なんでこんなところに来てんだよっ?!」
「それはこちらの台詞なのだ、レヴァン。
お前が夜の蝶達と戯れていることは知っているが、真昼間から彼女等の庇護者にわざわざ会いに来る必要など、どこにある?」
驚愕混じりの、心底嫌そうな表情を浮かべる母方の従兄弟に、その非礼を気にすることもなく、次兄が不審げに眉を寄せる。
レヴァンの王位継承者へのぞんざいな態度は、昔からであるし、次兄の貴重過ぎるツッコミ要員であるため、シャルロッティも従兄の振る舞いには腹も立たない。
ただ、レヴァンの行動の意味を良く分かっていないらしい、次兄の相変わらずな唐変木ぶりに、シャルロッティはやれやれと首を振った。
次兄が恋愛最底辺な元凶は、間違いなく長兄の変態誘引体質のとばっちりであるのだ。
……いかに当人が気にしてなかろうと、妹として、次兄を補ってやるべき案件だろう。
「ラザロス兄上、浮気に決まっているでしょう。
貴族が娼館の主人と交渉するべきことなど、商品の身請けぐらいですよ。
――アステリもいるというのに、これだから殿方は」
そう言いながら、シャルロッティは、冷め切った瞳を従兄に向けた。
男と言う生き物が、下半身で生きている生物であることなど、幼いシャルロッティでも知っている。
――政略結婚で大失敗した父王と、政略結婚で大当たりを引いた長兄と、己の女性運の悲惨さに無頓着な次兄と、お義姉様と仲良しな養父は、珍しい例外なのである。
シャルロッティの冷たい言葉に、レヴァンは顔を真っ赤にさせた。
そして、公爵家の妾腹たる青年は、不作法にも、腰かけていた椅子をひっくり返して立ち上がり、バンバンと両手でテーブルを叩きながら喚く。
「止めろちびっ子っ!!
アステリの前で、戯言抜かしてんじゃねぇっ!!!
――っつーか、なに妹を娼館なんかに連れてきてんだよこの脳筋っ?!!」
高位貴族にあるまじき醜態を晒す主人とは対照的に、名指しされた彼の従者は、平素の沈着を保っている。
その亜麻色のお下げは毛ほども揺るがず、洒落っ気のない眼鏡の奥の藍色の瞳も、夜闇に似た静謐を浮かべていた。
まあ、幼かったレヴァンと出会う前に、どこかの誰かに喉を焼かれた彼女は、もう、何があろうと騒ぐことなどできないのだけれど。
「ぬ?
前に話していただろう、レヴァン。
シャルロッティに育てさせる予定の部下候補が、この娼館の見習いだったのだ。
どうせなら、引き抜きの交渉からシャルロッティにやらせようと思ってな」
「――殿下、あんた、本気で何やっているんですかねっ?!!」
真顔でのたまう次兄に、従兄は全力で突っ込みを入れた。
シャルロッティもそう思う。
――お義姉様のドレス選びを蹴っ飛ばさせられる程、重要な案件でもあるまいにっ!!!
従兄弟の反応に、次兄は訝し気に首を傾げる。
「それならレヴァン、お前こそ、浮気でないなら何をする気なのだ?」
「だから、浮気言うの止めろ、ポンコツ王子っ!!
――うちの糞親父の腰巾着の腰巾着御用達の商人の、弱み握ってる愛人が入れ込んでいる紅茶扱ってる商会の、財布握ってる嫁が懇意にしている宝石商人に金貸してる、金貸しの変態への嫌がらせに決まってるだろうがっ!!!」
要約すると、ただの他人への八つ当たりらしい。
「……レヴァン、嫌がらせする相手との関係が、遠すぎませんか?」
呆れて半眼になったシャルロッティをよそに、彼女の従兄は、あくどい笑顔でけけけと嗤った。
「分かってねぇな、ちびっ子。
変態野郎が欲しがってる女をかっさらってみろ。
――機嫌が悪くなった変態野郎の八つ当たりで、宝石商人の店が傾いて、お気に入りの装飾品が手に入らなくなった嫁の機嫌が悪くなって紅茶の品質が下がって、紅茶依存症の愛人が錯乱して、そいつに親父の腰巾着の腰巾着御用達の商人が足引っ張られて、――最終的に糞親父が困るだろうがっ!!!」
シャルロッティは、長い台詞を言いきって、ドヤ顔で高笑いする従兄に、思わずアホの子を見る目を向けてしまった。
そう思い通りに上手くいったら、世話が無かろうに。
実父が大嫌いなシャルロッティ達の従兄弟は、事あるごとに、公爵への実に遠回りな嫌がらせ(に、なっているのやら……)を、懲りもせずにセコセコセコセコやらかしているのだ。
そして、あんまりにもセコ過ぎてアホらしいので、シャルロッティは、従兄の嫌がらせの結果を調べる気にもならない。
が、実父が大嫌いなあまり、公爵家とかかわりのある弱小貴族の、大分ちっさな不正もセコセコ密告してくるので、シャルロッティは従兄の所業を見逃すことにしていた。
塵も積もれば山となる、の、言葉通り、いかな細やかな不正と言えど、数が多くなれば馬鹿にならないのだ。
「レヴァン、お前は――」
なぜか次兄が、その薄い琥珀色の瞳を柔らかく細め、シャルロッティとレヴァンを見比べる。
「本当に、シャルロッティの従兄だな」
「――いや、どういう意味ですかね、殿下っ?!!
そこのちびっ子は、あんたの妹だろうがっ!!!」
「そうですよ、ラザロス兄上っ!!
ラザロス兄上も、レヴァンと従兄弟でしょうっ?!!」
脳筋への報復に、長兄に告げ口したり、養父に告げ口したりと、割と他力本願かつせこい嫌がらせを行っている次期大公は、自分の事を棚に上げ、次兄に食って掛かった。
シャルロッティもレヴァンも忘れているが、彼等が王家に嫁いだ公爵の妹を介して血縁関係にあるのは、どうあがいても変えようのない事実である。
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