類は友を呼ばないこともある
ふっと、息を一つ吐いてからの、次兄の行動は早かった。
次兄が、おもむろに懐から縄を出した。
――と思ったら、その縄は何の説明もなくシャルロッティの腰に巻き付けられ、あれよあれよという間に、彼女は次兄と一緒に馬車の屋根の上に移動していた。
うるうるお目めで次兄の頭に引っ付いている、ふわもこワンコも、勿論そのままで。
次兄の、突然かつ意味不明な行動に、シャルロッティの目が点になる。
次兄の行動の理由も謎ならば、自分達がまだ無事なままでいる理由も、シャルロッティには分からなかったからだ。
ちなみに、次兄は、命綱替わりの縄をしっかり自分のベルトに固定し、揺るぎない腕で、シャルロッティを抱えている。
それは良いのだ。
そこまでは。
が、掴まる為の手摺も無い、激しく振動する馬車の上で、次兄は一体どうやってバランスをとっているのか?
無事な状態で言うのもアレだが、シャルロッティ達が今いる所は、当たり前に危険な場所であるというのに。
――だって、全速力でなくとも、どデカワンコが馬車を曳く速度に、恐ろしい程の揺れと馬車の高さ、止めに石畳の硬さが加わるのである。
普通は、うっかりしなくても屋根の上から転がり堕ちるし、もしそんな事になったなら、条件次第では、身体が原型を留めていられるかも怪しかろう。
――全く、こんな危ない場所に、ほいほい可愛い妹を連れていくのだから、次兄は、いつまで経っても女性の扱いがなっていないままなのだ。
変態ほいほいな長兄の件が無くても、大分結婚が厳しそうな次兄に、シャルロッティは頭が痛くなってくる。
……ただ、馬車の揺れが酷すぎ、迂闊に口を開くと舌を噛みそうだったので、シャルロッティは次兄に何も言えなかったのであった。
そして、馬車の屋根の上からは、ふわもこワンコを追いかけてくる戦闘狂と、彼が跨る馬に向かって猛進していく、金色の輝きを帯びた白馬がよく見えた。
シャルロッティが見る限り、双方とも、速度を緩める様子も、回避行動をする様子もない。
だから、当然と言えば当然の結果として。
――神馬の末裔による容赦無き体当たりを喰らい、灰斑の巨馬の背から、戦闘狂が弾き飛ばされ――いや、勃発した馬達の激闘から、上手いこと逃れたのか。
……長く孤高を貫いたとはいえ、仮にも神獣の先祖返りの棲み処が、次兄作のビミョウな厩(アストゥラビ専用の畑付き)である理由は、シャルロッティから見れば、かなり下らない代物である。
突然の攻撃を受けて尚、アストゥラビと大差ない体格の馬は、戦意溢れる咆哮と共に、神馬の末裔に頭突きをかましてきた。
アストゥラビは、灰斑の巨馬の攻撃を堂々と受けて立ち、痛そうな打撃音が、シャルロッティの耳にまで届く。
そのまま、二頭の馬は、どつき合い、噛み付き合い、――馬が臆病な生き物って、本当に本当? と、誰かに問い質したくなる様な、馬達の大乱闘は終わる気配を見せない。
興奮しきった次兄の愛馬達の様子を見るに、馬同士の仁義なき戦いは、迷惑にもしばらく続きそうである。
「……アストゥラビも、ネフェロディスも、相変わらず仲が悪いのだ……」
シャルロッティの頭上で、どこか疲れた様に次兄が呟く。
――かつて、魔馬が住んでいたと伝わる元帥の故郷にて、若き日の戦闘狂が、気合と根性で手懐けた灰斑の巨馬は、天馬の先祖返りとの相性が絶望的に悪かった。
任務中はさておき、普段うっかり遭遇してしまえば、前世の因縁でもあったのかと疑う勢いで、大喧嘩が自然発生するのである。
……しかしながら、実は、次兄がアストゥラビに乗せてもらう様になるまでは、この二頭の馬の間に、特に問題などなかったそうな。
アストゥラビは、アストゥラビで、城壁の外で自由気ままに不埒者どもを蹴散らしていたし、ネフェロディスは、ネフェロディスで、主と化した王城本来の厩にて、他の馬や厩番達相手に踏ん反り返っていたのだから。
……まあ、孤高を気取った気難しがり屋と、我儘放題好き放題のお山の大将では、お互いに近寄らないのが一番平和であったのだろう。
「――し~~るき~~ちゃ~~~~~んっ!!!」
小さくなっていく二頭の馬の姿とは対照的に、自分の足で走ってくる、還暦越えの戦闘狂の姿と声は、徐々に大きくなっていく。
……やだ、一体どこの怪談話。
「……師匠も、そこまで体力が余っているのなら、少しは仕事をしてくれればなぁ」
常に元帥から事務仕事を丸投げされている次兄は、諦め十割の声音でぼやきながら、どこからともなく取り出した弓に、手慣れた手つきで弦を張る。
……次兄も、分かってはいるのだ。
戦闘狂に、書類仕事をやらせた日には、反動で暴れて手が付けられなくなるだけで、かといって、兵達の訓練をさせれば、再起不能者を無意味に量産させるだけだ、と。
主神の寵児すら凌ぐ戦闘に関する能力を以て、その男を元帥の地位に縛り付けるに足ると、周囲に認めさせたのが、戦闘狂の戦闘狂たる所以なのである。
不意に、次兄は弓を咥えると、シャルロッティを抱き寄せる。
すると、シャルロッティの目に、べそをかきながらどデカワンコの尻尾にしがみ付く、自分の専属騎士の姿が飛び込んできた。
……なぜ尻尾なぞ、不安定にも程がある場所にぶら下がっているのかが謎だが、次兄達に鍛えられている甲斐があり、アレスの限界はまだ遠そうだ。
「私の背中にでも掴まっていろ、シャルロッティ」
己の背後に移動させたシャルロッティに、次兄は、短く言い捨てる。
そして、シャルロッティが己の服を掴んだことを確認すると、目立たない様屋根に設置してあったらしい矢筒から、殺傷力の高い金属製の矢を引き抜いた。
普通ならば、踏ん張りが効きそうにもない、激しく揺れる馬車の屋根の上。
背には荷物付。
狙いを定める為の視界は、頭から離れないふわもこワンコに、がっつり阻害されたままで。
それでも、骨の髄まで叩き込まれた技は、死にかけながらも鍛え続けた筋肉は、決して青年を裏切りはしない。
――いっそ、流麗な動きで引かれた矢は、澄んだ弓弦の音と共に、節くれ立ち古傷が刻み込まれた、武骨な手から放たれた。
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ネフェロディス:《曇り》の意
雄。
元帥の愛馬で、大公家の領地にて生息している、魔馬の末裔達の中でも、一際色濃くその血を受け継いでいる、灰斑の巨馬。
若き日の戦闘狂から、当初『馬』と命名されたが、同僚の女軍医(ラザロス兄やんの主治医)が戦闘狂をどついて、『ネフェロディス』に改名した経緯がある。
大地を駆ける魔馬の血と共に、獣としての性も色濃く発現している為、縄張り意識が他の馬よりも強い。
その為、孤高を気取って自分の縄張りで好き勝手するアストゥラビが大嫌い。
自分が上だとアストゥラビに教え込もうと、顔を合わせる度にどつき合うが、いつも引き分けに終わっている。
最近ワンコが増えたらしいが、自分の縄張りに寄ってこないので、特に気にしていない。