表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

迫る足音

*初めどデカワンコ視点。

 彼女の主が大切にしている景色は、記憶の中の故郷のそれよりも、活気に満ちていると思う。

 修復を重ねながら使われている石畳の道も、その上を歩く人々も、彼女の故郷では軽んじられていた、人の営みそのものだ。

 異質である彼女が紛れ込んだせいで、普段とは違う景色になってしまったことは残念だが、主が守ろうと定めているものを身近に目に出来たことは、単純に(ほこ)らしかった。


 温かな気持ちを抱きながら、大事な主と主の妹君の乗る馬車を()いていた彼女は、(かす)かながらに近付いてくる音に、ぴんと両耳を立てた。

 彼女達がいるのは道なのだから、何かが近付いてくるのは当たり前と言えるが、聞こえた音に、ひどく、嫌な予感がしたのだ。

 突然足を止めた彼女に、御者席の下僕君や馬車の中の主達の気配が、怪訝(けげん)そうなものに変わる。

 ついでに、何故かついてきた(やくたたず)が、むやみやたらと不機嫌そうになったのを尻目に、彼女は求める情報を精査すべく、耳と鼻を動かした。


 それは、力強く石畳を()る、(ひづめ)の音。

 此方(こちら)に駆けてくるのは、一頭の馬か。


 彼女の進行方向から吹いていた風の向きが、気紛れに変わった。


 ――無数の群衆の匂いに新たに混じるのは、知らない匂いと知っている匂い――。


 彼女は、これから起こるだろう出来事を(さっ)し、ぶわりと、全身の被毛を逆立たせる。

 そして、気合を入れて大地を踏みしめると、腹の底から高らかな咆哮(ほうこう)を上げた。


 ***


 唐突に止まった馬車に、首を傾げていたシャルロッティは、馬車の前方から上がった大音声(だいおんじょう)に飛び上がった。

 獣の遠吠(とおぼ)えというには、迫力のあり過ぎるそれは、馬車を()いていたどデカワンコのものだろう。

「何なんですかっ?!

 ――にゃぁっ?!」

 馬車が止まったのも突然ならば、動き出したのも突然だ。

 乗っていた馬車が、静止状態から一気に加速したものだから、不意打ちされたシャルロッティは、座っていた座席から投げ出されたしまった。

「――っと、大丈夫か、シャルロッティ?」

「あ、ありがとうございます、ラザロス兄上……」

 シャルロッティは、自分を受け止めてくれた次兄に礼を言う。

 そして、目に見えたのは、通常ならばあり得ない速度で過ぎ去っていく、窓の外の景色。

 先程まで快適だった馬車の中は、異常な揺れに襲われ、何故かふわもこワンコが次兄の頭に爪をたてて、ぴるぴると震えていた。


「――ちょ、ま――と、止まって~~~~~~~っ!!!

 し、死ぬっ!!

 しんじゃうしんじゃうしんじゃう~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!」


 ……それだけ叫ぶことができれば、そうそう死なないのではないだろうか。


 自分の専属騎士の、半泣きでの絶叫に、シャルロッティは薄情にも程がある感想を抱く。

 だって、シャルロッティの専属騎士は、主神の加護を受けた主神の寵児(ちょうじ)の中でも、とりわけ闘神に(よみ)された人間だ。

 主に、運動神経が絡む死因については、次兄に並ぶしぶとさがあると、シャルロッティは確信している。


「――ラザロス兄上、一体何をしたのですかっ?!」

 シャルロッティは、自分を抱える次兄に詰め寄った。

 何か訳の分からない事態が発生したのならば、原因は大体次兄なのだ。


「――いや、心当たりは特に――」

「し~~るき~~ちゃ~~~~~んっ!!!」


 妹に弁明しようとした次兄の声に、還暦越(かんれきご)えの野太い声が重なった。


 ――どうして、いい年をした老人が、あんなに気持ちの悪い声が出せるのだろうか?


 どデカワンコが曳きながら疾走(しっそう)するには無理があるのか、乗り心地が最悪になった馬車の中に、重い沈黙が広がる。


「……そう言えば、師匠を縛る時に、関節を外すのを忘れていたな……」

「ラザロス兄上、不審者の拘束(こうそく)は、しっかりやって下さいよっ!!」

 遠い目であらぬ方向を見やる次兄に、シャルロッティは力いっぱい突っ込んだ。


 どうせなら、一緒に麻痺毒(まひどく)でも使っていれば、ふわもこワンコ目当ての戦闘狂の復活が先延ばしできたものをっ!!


 Copyright © 2018 詞乃端 All Rights Reserved.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ