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両翼の抱擁

短めです。紅葉ではなく広葉なのは、指を揃えたビンタだからです。

「――県――市で、Jフライト航空559便のエンジン1基が落下しました。昨日午後9時頃、空輸のため離陸した559便のエンジン結合部が破損し、落下。マンションの1室に直撃しました。


 在住していた24歳の男性と連絡が取れなくなっており、警察は部屋から発見された遺体が男性と見て身元確認を急いでいます。


 落下したエンジンは爆発することなく庭の池へ落下したため、大規模な火災・延焼などその他の被害はありませんでした。


 この件に関してJフライト航空は現在全力で原因究明に当たっており、判明次第報告すると回答しております。次のニュースです…」



・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・



「――――――タ――スタ――」


 なんだか呼んでいるような気がする。

 しかし眠い。凄く眠い。この引き込むようなまどろみに勝てる者なんているのだろうか。いや、いない。


 それに後頭部が柔らかく暖かい。いつもの枕より寝心地が…あんまり良くないが、なんというかとても幸せな気分になる。


 ずっと埋もれていたい、と思うような。


 寝返りを打つ。

 頬が滑らかで優しい感触に押し返され――


「いい加減起きてください、マスター」

「いだいいだいいだい!!」


 なんてことをするんだ、ほっぺたはマシュマロみたいに伸びないんだぞ。


 超痛い。頬を引っ張られるなんて小学生の時母にいたずらした時以来じゃないか?


「全く、なんて起こし方をするんだ。いつもみたいに優しく起こしてくれよ」

「それで起きなかったマスターが悪いのです。それより、周りを見てください」


 釈然としないながらも言われたとおりに辺りを見回す。見慣れたテレビやベランダは無く、土気色の壁に囲まれているだけだった。


 なんだ? 扉も窓もないし、どうやって出来たんだここ。頭をよぎる疑問に首を傾げるが、はっと思い出したことに全て吹き飛ぶ。


「やばいメルディ! 今何時!? 会議に遅れるゥ!!!!」


 今日の会議には時間にネチネチ小うるさい上司が来るのだ。常に15分前到着をしろと口にしている。自分は平気な顔して重役出勤してくるくせに…。


 始業から終業まで延々とありがたいお小言を頂戴したくない俺は、一抹の望みを掛けてメルディに尋ねる。


「メルディ!!! 交通に遅延! ある!? あるといって!!!」


 黙ったままのメルディの肩をゆさゆさと揺する。揺すり続ける。頷いているしあるということだろう。しかし口にしてもらわないと安心できない。


「ねぇ! メルディ! ねぇ! ね」

「へい」 パァン!

「へぶっ」


 衝突面積、角度、速度ともに完璧な(ばち)が心地良く響く音を打つ。寝起きのアラームに最適だと断言できる。一発でぱっちり覚めるはず。


 美しい広葉をさすりながら涙目を向ける。しかし何か取り繕うでもなく、その瞳は俺を見据えていた。


「落ち着いてください、マスター」

「先に言えば良いよね…」

「どうせ聞かないかと思って」

「なんか今日厳しい…」

「そんなことより、マスター」


 少し心が折れそうになったが、メルディが深刻な顔をしたので雰囲気に乗って背筋を伸ばす。


「私には、ここがどこであるか分かりません」


 本当に深刻な話だった。

 メルディに分からないということは、GPSその他諸々のネットワーク系で調べられない。全滅ということだ。


「…メルディ、本当に?」

「はい。加えるなら、日付に時間、天気に交通情報まで」


 がっくりとうなだれる。どうするんだ、これじゃ会社に連絡も取れない。現代科学に慣れきったツケが回ってきたのだろうか。


 しかしメルディはそんなことは重要じゃないとでも言うように、表情をより険しくした。シワが増えるぞ。


「マスター。…覚えていますか?」

「覚えて? 何を―――っ!」


 言われて、初めて思い出した。

 一度湧き上がると、全て浮上するまで止められない。


 リビングに立つ俺に、舞い踊る紅の炎と薄暗い色の鋼。


 砕けるガラス、擦り切れ行く腕、焼ける肉片。


 幼馴染に引かれるように抵抗できずに連れ去られ、細切れにされていく身体。


 全ての感触が、残っている。


「うあっ、ああぁあっ!」


 胸の奥底が赤熱する吐き気と爆裂する恐怖に絶えられず、抱きすくめられる緊張感にうずくまって嘔吐する。


 張り裂けそうになる心臓を、本能的に喉を枯らして鎮めようと試みる。


「マスター…」


 何かが背中に密着する。緩やかに頭部と腹部を撫でられる。僅かな安心感を得られるが、しかしすぐに大蛇のような不安に喰い尽くされる。


 震えがとまらない。



 ・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・



 いつまで存在を確かめていたのだろう。


 悠久に続くと思われた大蛇の侵食は、ようやく腹を満たしたのかゆっくりと姿を消していった。


 未だ怯えが治まらないが、幾分かはマシになっている。あとに残るのは、未だ与え続けられる温もり。


「……メルディ?」

「はい、マスター」

「メルディ」

「はい、ここに居ますよ」

「…」


 現実を信じられず、また仄暗い不安の闇が鎌首をもたげたその時。吐瀉物でべたべたになることも厭わず、優しく、強かに抱きしめられた。


「ここに、居ますよ」

「……」

「私も、あなたも」


 黒い欠片を全て洗い流すように、女神の翼に抱擁され泣き続けた。

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