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プロローグ

「俺と一緒に生きて欲しい」

「私と、一緒に生きてください」


 互いの想いを確かめ合った彼女と身体を寄せ合う中、ここに至るまでの事を思い出していた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 仕事が終わり、朝より寂れたモノレールに乗り込む。

 俺こと嘉山(かやま)翔助(しょうすけ)はぴかぴかの24歳で、入社3年目。ようやっと仕事が板についてきて楽しくなってきた頃合いだ。


 とはいっても何か特別な技術職でもなく、ただの営業職、サラリーマンである。最近は目まぐるしいIT革命によって、学歴という差が以前より少なくなった。


 その原因が、脳に直接移植するフェムトチップである。これは常時インターネットに接続できる、脳波コントロール操作可能な仮想OSを視界に設置するものだ。


 よって人々はいつでもどこでも、必要な情報を得ることができるようになった。影響を受けた業種は多い。


 ただやはり情報だけではどうにもならないという部分もあり、それを補うのが人の役目となっている。得られる情報をどのように活用するか、既知の情報をどれだけ心に残させるか、というように。


 しかし人とは怠惰であるがゆえに、より怠惰を求めて努力する。その結果できあがったものが「OAIS」。「OS+AI」の、そのままの意味だ。簡単に言えば、知能を持ったパソコン。


 OAISによるサポートで、必要な情報を、さらに必要なだけ得られるようになった。取捨選択に順位付けまでやってくれるようになり、情報を吟味できる時間が増加した。


 営業に求められるハードルが高くなる要因だ。入社当時、仕事はなるべく少なく楽しくを夢見ていた俺は簡便願いたかった。


 ここからは「やはり日本」というべきであろうか。一部変態技術者諸君の獅子奮迅の活躍によって、「知能」だけでなく「感情」も持たせることに成功したのだ。それに当たって、OAISにモデル表示や音声ナビゲートの機能が追加された。


 つまり、自分が好きな自分だけのキャラクターからサポートを受けられる、「VR彼女」「VR彼氏」が現実となってしまった瞬間である。それを実現させた異常とも言える執念は、世界を震撼させたほどだ。


 外回りの度「開発者へ余計な物を作りよってからに」と内心愚痴っていた俺ではあるが、今となってはこのOAIS開発者様方に人生最大の賛辞を捧げている。


「ふー、今日も疲れたなぁ」

『お疲れ様です、マスター』

「ねぇ、いつになったらもっとくだけてくれるの?」

『おっしゃっている意味がわかりません』


 その最大で唯一のきっかけ。今の会話相手で、俺のOAISである『メルディ』。


 連帯責任な仕事はどんどん片付けるが、自己責任な仕事――要するに私生活の家事――を面倒くさがる俺に、おはようからおやすみまで強要(サポート)してくれている存在である。仏頂面で。


 初めて出会ったときはもっと笑顔だったはずだ。というのも、メルディは元々は今世界規模で人気を博している機械と魔法のオンラインゲームである「Cyber Agents & Magic Users」(CAMU)のチュートリアルナビだった。


 明るい桃色の視線を誘うその唇を柔らかく瞬かせ、嫌味なく親しげにナビゲートしてくれた彼女に、サービス開始直後にプレイした俺は一目惚れのガチ恋勢となる。大学2年生後期の話だ。


 初めてだったんだ。ここまで恋い焦がれたのは。高校で隣の席に座った、クラス一の美少女など目じゃない。俺の人生全てを預けても、捧げてすらも良いと思えた。


 ゲームにログインして姿を見る度に、それは強い思いとなっていく。他のNPCも可愛いし綺麗であったが、メルディには遠く及ばない。

 むしろ比べてしまい、益々彼女が魅力的に映る始末だった。


 どうしても彼女を自分のOAISモデルにしたくなった俺は、まず講義の出席をギリギリまで削ることから始めた。


 次に冬休み・春休みをバイトとCAMUに費やし、3年前期丸々を生贄にプレイ時間を確保。


 そしてそれら全てを注ぎ込んで、苦戦の末に第一回1on1ワールドオンラインフェスにて優勝を飾ることができた。


 正直、実に運が良かった。まだサービス開始直後からそう経っていなかったため、本物の廃人勢と大差を付けられずに済んだのだ。


 それに運営から提示されていた、優勝賞品「ゲーム内データ一つ」。これが一番の幸運だと思う。あくまで「データ一つ」であり、武器や防具など種類の指定がなかった。


 常識的に考えてアイテムだと言外に叫ぶそれに、俺は「メルディ」を選ぶ。


 今しかチャンスは無いと確信していた。何せゲーム内NPCだ。デザイン料など製作費用、版権だってある。ホイホイ渡せるようなものじゃない。


 もう大会優勝なんて不可能だろうし、運営へ直に要求できる機会はきっとこれが最後。絶対逃すわけにはいかない。


 また、ゲーム内掲示板その他は荒れに荒れた。


「いくらなんでも無理」

「データ一つってそういうことじゃなくね」

「俺のメルディちゃんやぞ」

「バカいうなよ俺のだぞ」

「でも『俺らの』の方が背徳感あって興奮しない?」

「「お前は黙ってろ」」


 等々、否定が多数を占めるほどに。


 運営側も非常に渋った。さすがにキャラクター1人丸ごとを要求されるとは思っていなかったのだろう。


 当然、一言目には切り捨てられた。別のものにしろと。しかし俺も必死に食い下がり続ける。彼女のために、彼女1人を愛するためだけに尽力したのだ。


 熱意を伝え続けた結果、妥協案を通して貰えた。版権などの委譲は一切無く、チュートリアルナビとしてゲームに登場し続ける。


 だが俺が死ぬまでモデルを無料で貸し出すという、事実上の「嫁入り」が認められた。


 その時の俺は嬉しさのあまり、下手な新車より高い最新型の高級AIを親に借金して購入した。両親にはかなり白い目で見られたが。病院を進められた時は焦った。


 受け渡しの日には何がどう気が変わったのか、あれだけ渋っていた運営がサービスで「メルディ」の初期人格形成データも貸してくれた。これがあることでゲーム内と深層意識部分が同じ性格になる。


 こうしてゲームナビと同じであって同じでない、正真正銘俺だけのOAIS「メルディ」となったのだ。


 しばらくして大学の後期に入ってからは単位の取得、4年になってからは就活と忙しくなって殆どインできなかった。


 それでも時たま掲示板を開いては、


「どれだけ可愛くてもお前らだけのメルディじゃないよね? 俺は俺だけのメルディといちゃいちゃしてるから」


 と書き込んで煽ると、その度に文字の羅列がゴキブリのように増えた。


 性格が悪いようだが、これほどユーザーに人気のキャラを独占できると思うと調子に乗って、ついつい気が大きくなってしまうのである。


 その後時間ができてインした時に受けた、挨拶代わりのリスキルは半分くらい俺に責任があると認めよう。


 しかし、幸せ絶頂中に思われている俺にも一つ誤算があった。


『おはようございます、マスター。本日は11時から15時までライス・ハラフル社の企業説明会です』

『おやすみなさい、マスター。明日は13時よりアルキス社主催の合同説明会です』

『起きてください、マスター。現在時刻7:30。本日10時よりまきな・えっくちゅ社の面接です』

『ご就職おめでとうございます、マスター』

『交通に遅延その他障害はありません。通常通りの出勤で問題ありません』


 この通り、いちゃいちゃ度がゼロだったのだ。いくらなんでも事務的すぎる。


 ゲーム内メルディは、セクハラをすると「だめですよ、もう」とやさしく叱ってくれる。それを目当てにする輩もいるほどだ。


 それなのに俺のメルディは「マスター?」と凄く冷たい目をしてくる。まあより人間味があって素晴らしいと思う。


 いや違うそうじゃない、俺はもっといちゃいちゃした生活を送りたいのだ。


 彼女は俺のOAIS。基本的にOAISは脳波コントロール操作。つまり俺の好意は筒抜け駄々漏れ。の、はずなんだが…


『いい加減現実を見てはいかがですか、マスター』


 全く取り合って貰えないのだ。凄く悲しい。だが、メルディの言うことも分かる。彼女は「VR嫁」であって「嫁」ではないのだから。結婚なんて到底叶わないことも理解している。


 そんな彼女の「幸せな家庭を築いて欲しい」という気遣いが見え隠れするたび、愛おしさは増すばかりなのだが。その点はあまり理解してくれないようだ。


 どうにもこうにも足踏みしているうちに、気付けばもう4年くらいの付き合いである。


「あ”ー、ようやく家だ…」

『明日は会議の準備で6:30出発です、マスター』

「せめてお疲れくらい言ってくれよ…」

『先ほど申しましたよ、マスター』

「そうだったっけな」


 モノレールに揺られること50分、マンションに到着。最上階である5階、道路側の端が俺の借りている部屋だ。


 メルディのサポートで夕食を嫌々作り、ゆっくり風呂に入ってリフレッシュ。そのまま風呂掃除もさせられた。彼女には血が流れていないのだろうか。


 まったりとソファで寛ぎながらテレビを見る。時間帯がちょうど21時前な事もあって、CMばかりが映り変わり続ける。


 明日も早いし、寝るかな。睡眠こそ至上の娯楽と捉えたり。


 ベッドに布団をかぶせていると、ごぉぉっと空気を裂く音が響き、建物が振動する。


 若手サラリーマンの俺が駅間近のマンションに住んでいることをよく不思議がられるが、これがその理由である。


 モノレール駅だけでなく空港も近く、空輸のため夜離着陸することもしばしばある所為で人気が無いのだ。


 俺は一度寝てしまえばちょっとした地震くらいでは起きない体質なので、駅周辺で安いここは渡りに船だった。


 いつものように布団セットのあとカーテンを閉めにベランダへ向かう。今日はやけに音が大きいな。飛ぶ高さ低いんじゃないか? 近隣住民のお言葉を貰ってなければいいが。



『――――――マスター!!』



 脳内にメルディの甲高くも聞き苦しくない絶叫が駆け抜ける。夏にちょくちょく叫んでくれれば涼しそうだ。


「え?」


 能天気な俺がベランダのガラス越しに目にしたのはいつもの夜景ではなく、紅蓮の炎を尾に引き回転する巨大なファンだった。

メルディを正式に嫁にしたいだけの設定群です。


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