戦場で戦う父は誕生日に帰る
見切り発車です!
『隊長、このままでは全滅します……撤退してください』
その声は虚しく黒い空に響いた……。
『隊長……? 隊長! 返事をしてください、隊長!』
若い女性の声が響く小さな小さな機械は、折りたたみ式の携帯だった……それに紐でつながれた似合わないピンク色のうさぎは汚れてしまっていた。
切羽詰まった声は、物音に変わった。
その時、天の光が届かない物陰に小さな赤い色の光が灯った。
「ふーっ、全滅するなんて誰だって分かってるんだよ……でもな、全員逃げた所で死んじゃ意味がねぇんだ、誰かが残らなきゃやられちまう」
赤い光が消え、白い煙が光に照らされると共に、枯れた声が聞こえた。
開かれた携帯を黒い手が捕まえ、どこかのボタンを押された。
押された携帯は白い画面に変わり反射する顔は、口元から上は黒いシールドに覆われていて顔が見えなかった。
ペタペタ……
カタカタ……
グルルル……
黒い地面を照らす黄色の光は捉えていた……数十は超える影を。
拡散しているが、物音が向かう先は確実に前へと進んでいた……裸足で歩く音、骨と骨がぶつかりあう音、犬が威嚇する声が聞こえていた。
物音は細い煙に近づいていた。
「隊員はちゃんと逃げたか? こっちに戻ってきたらぶん殴ってやる」
赤い光が下に落ち、擦る音共に消えていった。
携帯の画面に表示されているのは、2人の男女が小さな女の子と手を繋いで笑顔でいる物だった。
そっと閉じられ黒い空間だけになる。
グルルル……グゥアァァ!
狼の様な大きな犬の姿が、何かを見つけたのか飛びかかる。
その瞬間に、何かにぶつかった様に犬が後方に吹き飛んだ。
照らされない空間から出てきたのは、全身カモフラージュ出来るような戦闘服を着た男だった。
「死ね、化け物が」
パンッ
犬は男を睨みながら立ち上がろうとする時、脳天に穴が空いて力無く倒れた。
手に持っている物を後ろに引くとカチャッという音と共に、溜息を付く。
周りがざわめき立つのが分かった。
ドドドッ
音のした方に大量の走る音が聞こえてくる……床を柔らかい物が走る音、骨が駆ける音、犬が走る音がしている。
「あいつは元気に育ってくれるかな」
数十超える姿が暗闇にも関わらず赤い光が不気味に光っていた。
男は、両手で持っていた金属を片手で肩に担ぎ歩いて行く……。
ある収容所の様に、様々な人々がいる……周りは静かで床に何かを書いてる小さな女の子がいた。
「おかあさん! おとうさんはいつ帰ってこれる?」
少女が白い紙に何かを書きながら目の前の女性に尋ねていた。
体が凍りついた様に笑顔は固まり、それも一瞬の事ですぐに少女に問いかける。
「どうしたの? 何時も静かに待ってるのに」
「明日、エナの誕生日!」
「そ、そうだったわね……今、恵那の為にこっちに向かってるはずよ」
その時、何かの鳴き声が聞こえてきそうな強い風の音が襲った……周りの人は恐怖と怯えで身を震えさせていた。
天にあるガラスの奥に見える黒い空に向かって女性が見上げていた。
「あなた……生きて帰ってきてね」
地面に血が1滴、2滴と垂れていく……月を眺める様に建物に背を預けている人は、白い煙を吐いていた。
「……ごめんな、恵那……お父さん、そっちに行けそうにない」
これじゃまた怒られそうだな……はっはっはっ、と男は笑いながら赤い光を地面に擦り付けて消した。
欠けたシールドから見える顔はどこか寂しそうだ。
その姿に近づく影が10体程、その時男が携帯を開いた。
「そっか……あいつの誕生日か……なら、最後まで帰れる様に頑張らないとな」
男は立ち上がって、右手をぶらぶらさせたまま……左手で金属を持つ。
目の前に見える敵に金属を構えつつ、走る。
ブロロ――
天から見下ろしている物体は、小さな点にも見える走っている男に向かって飛んでいく。
近くまで行き、扉が開かれた。
人が数人顔を出し、男と似たような金属を持ったまま言う。
「隊長、助けに来ました!」
「お前ら逃げろと言っただろう! 後でぶん殴るからな……でも、ありがとな」
「まったく、隊長は無茶がすぎますよ……俺達が退却し始めてからですから、2時間はやってますよ」
男達に近づく影が数体、それを捌く様に走り……金属を向けていた。
隙を見つけ、上で高速に回って飛んでいる物体に乗り込んだ。
「お父さん、まだ頑張れそうだ……」
携帯のピンク色のうさぎをいじりながらそう呟いた。
誕生日くらいは、家族全員で過ごしたいもんな。
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