葛城摂津のひとりごと③ 水
喜一のやつ、照れたのか?
まぁ、あの年頃の男だと、姉ちゃんをストーキングなんて嫌だわな。
走っていく喜一を見ながら、俺は智子に着いていった。
遠くからだが、智子の顔がコロコロ変わるのが分かる。
ふむふむ、智子にそんな顔をさせるなんてどんな男だ? 傍までいって拝んでやろう。
二人は鉄板焼き屋に入ろうとしたところで、何を思ったのか、元来た方向に戻っていく。
入らんのんかーい。
心の中のツッコミも届かず。
腹の虫が鳴る。
ツーショットを収め、証拠を掴んだことで、よしとすることにした。
智子の恋路より夕飯だ。
あばよっ智子。
二人が見えなくなってから、俺は鉄板焼きに入った。
もんじゃ焼きと生ビールを注文する。
「もしかして、喜一君のお兄ちゃん?」
店員の親父が話しかけてきた。
「はい、そうですけど」
「やっぱり。息子が喜一君と同級生で、よく一緒に遊んでくれてるのを見かけるんで。ちなみに佐竹といいます」
どうして自分のことを知っているのか合点がいった。佐竹君は喜一の一番の親友だ。よく二人の保護者代わりにキャッチビールをしてあげたりしており、俺とも知った仲だ。
なるほど、佐竹君の親父さんが経営している店だったのか。だから智子のやつ、引き返したんだな?
「いつも世話になってるから、ビールはタダでいいよ」
「ありがとうございます」
ラッキー。俺は、親父さんにおやおや? と思われるギリギリのラインを攻め、ビールを五杯飲んで会計をすませた。もんじゃとビールはうまいし、親父さんも気を遣ってくれて必要最低限しか話しかけてこなかったので、個人的なことを聞かれずにすんで気分よく家に帰れた。
家に帰ると、十一時を回っていた。すでに智子も喜一も帰っているようだ。
いないと思っていた親父までいた。
全員が、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。
家族会議をしていることは、言わずともわかった。
智子の彼氏事情についてか?
それにしては、空気が重すぎる。
「えーと、これは何についての話し合い?」
「オムライス事件だって」
母に聞いたのに、智子がこっそり教えてくれたので驚いた。
お前が議題に上がっているわけじゃなかったのか。
てか、オムライス事件ってなんだよ。
ネーミングのポップさのわりに、喜一までもが深刻な顔しやがって。
よく見ると、喜一は泣きはらした顔をしている。
「どうすれば、お前の気がすむんだ?」
嫌気が差している父の台詞は、長時間にわたる平行線での話し合いへの疲れをにじませていた。
「もう僕の気はすまないよ! 一生ね」
喜一がスネた顔をする。
一生って。大げさな。
呆れたが、他の皆は深刻な顔を続けている。
まさか、この小さなお坊ちゃんの機嫌を取るための会議だというのか?
冗談じゃない、俺は朝からバイトなんだ。そんな茶番劇に巻き込まれるのはごめんだ。
「あんた、どこ行く気?」
こっそりリビングを出ようとしたところを、母にめざとく咎められた。
おいおい、勘弁してくれよ。
「我が家の鉄の掟を忘れてるんじゃないだろうね?」
「わかったよ」
我が家では、誰かの問題を皆の問題として、家族会議を開いて話し合うことになっている。
俺がこれまで問題をひた隠しにし続けても、誰かに見つかり会議を開かれてしまったことが幾度となくある。育毛剤をつけていることを話し合われるなんて、誰が見ても絶望的な状況だろう。
「同じ卵を見つけてくるから。母さん、約束するよ。どんなに遠いスーパーでも探し回るから」
俺を咎めた低い声とは打って変わって、芝居がかった声を出し始める。
切り替えの天才だ。
「スーパーに売ってると思ってる時点で終わってるよ」
まるで起きたら家族以外誰も地球上にいなかったかのようなリアクションだ。
「何でそんなに大事な卵を使うんだよ」
「だって、父さんが急に帰ってきたから」
「俺になすりつけるつもりかよ」
「そうよ、だいたい飲みに行くって言ってたのに、いつもいつも連絡なく帰ってくるんだから」
「ちょっと、二人とも、ケンカしてる場合じゃないでしょ?」
智子が二人の間に仲裁に入る。
「今は四人で協力して卵を見つけなきゃ」
「僕、卵を返してくれまで、部屋から出ないから」
喜一は引きこもり宣言をして、リビングを飛び出した。
それを見て、母と智子がヒステリックな声を上げる。
やれやれ。残ったメンバーで、母がオムライスにしてしまった卵探しをするべく、三角コーナーに捨てられた巨大な卵の殻を、スケッチが得意な智子が書き出し、コピーをして人数分配られた。
「明日の朝、通勤通学中を狙って、駅でビラ配りをしましょう」
「俺、バイトがあるからパス」
「何言ってるの! 葛城家の一大事なのよ! バイトなんて休みなさいよ」
まじかよ。智子はパソコンで加工をし、寝ずにビラを作っていた。