葛城喜一のひとりごと② 水
お兄ちゃんがお姉ちゃんを尾行すると聞いて、僕はいまいち乗り気になれなかった。
だって、話しかけずに後をつけるなんて、変だよ。
僕はお姉ちゃんのデート現場なんて、別に見たくないし。
姉弟って、そんなもんじゃない?
「僕、用事を思い出した!」
戸惑う兄を放っておいて、僕は学校の裏山に走っていった。
お姉ちゃんのデートなんかよりも、あの生き物の方が、よっぽど気になる。
よく考えてみたら、お産後は相当体力を消耗しているはずだ。
一人じゃ不安だろう。色々お世話をしてあげなくちゃ!
僕は、裏山に近づくにつれ、足取りが重くなっていった。
もしかしたら、僕が勝手に卵を持ち出したこと、怒ってるかもしれないな。
そうしたら、僕、あいつに引き裂かれて食べられちゃうのかな?
それか、卵の代わりにあいつに育てられるのかも。
やっぱり、家に帰って卵を持っていこう。
そしてあいつに返すんだ。
急いで家に帰ると、父の靴があった。
「お父さん、帰ってるの?」
リビングに入ると、母と父が夕食を取っていた。
「喜一、あんた帰ってきたの?」
「一旦ね! すぐまた出るけど」
「摂津は?」
「お兄ちゃんはお姉ちゃんのデート現場を尾行中!」
父が飲んでいたお茶を吹き出した。
「デ、デート!?」
「たぶんね! お父さん何食べてるの?」
「ああ、オムライスだよ。お前も食べるか?」
「別にいい。そんな暇ない」
リビングを出ようとしたとき、母が慌てたように言った。
「あのね、お父さんが急にかえってきて、冷蔵庫に何もなかったんだけど、ちょうどあんたが大きな卵を持ってたから」
一瞬、頭が真っ白になった。
「え? どういうこと? あれを使ったの?」
勝手に僕の部屋に入って、人のものを取って夕食にしてしまったというのか。
「なんだ、なんかこれを食べちゃダメだったのか?」
「ダメだよ!! あの卵は生みの親に返さなきゃいけなかったのに!! 食べちゃうなんてひどいよ父さん」
唖然とする父を睨み付け、部屋に籠って声が枯れるまで泣き喚いた。