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葛城智子のひとりごと② 水

「すいませんっよかったら、これからお茶でもどうですか?」


 初めて初対面の人にその台詞を口にした時、口から心臓が出そうなほど緊張した。声が上ずってしまい、自分が赤面していくのが分かった。


 背の高い青年は、明らかに困っていた。

 しまった。困らせてしまった。


 もう一度、すいませんでした、と言おうとしたとき、


「それじゃあ、鉄板焼きが食べたいな」


 と、遠慮がちに誘いに乗ってきた。


「はい、行きましょう!」


 歩き始めると、青年が後ろからついてきてくれる。

 自分が案内するからといっても、ここは横並びで歩きたい。


 ちらっと振り向くと、青年は心配そうにこっちを見ている。

 まるで小さい子みたいだ。


 突然のナンパに動揺している小心者の青年を安心させようと、会話もリードする。


「こういうの初めてですか?」


「はい」


「大丈夫、私も初めてなので、安心してください」


 私の声かけが、かえって青年を不安にさせたらしく、不審な目を向けてきた。

 猪突猛進型の私は、今更止めにしようと引き下がれない。


「お互いの緊張を解くために、呼び名を決めましょうか?」

 

 私の方はとっくに緊張は解けていたが、そう言った。


「はい」


「何て呼んでほしいですか?」


「なんでも」


「じゃあ、ジョセフって呼ぶわ。私のことは、キャンベルって呼んで」


 思い切って敬語を外してみる。

 それに違和感があったのか、呼び名に何か思うところがあるのか、間が空いた。


 ここはひょうきんさを演出して打ち解けたいところだったが・・・・・・。中々距離が縮まらない。


 ナンパ師って凄いな、と初めてナンパ師を尊敬した。


「ジョセフはさっき、何の本を読んでたんですか?」


「いやぁ・・・・・・」


 歯切れが悪い。敬語に戻して見たが、呼び名の方が引っかかっているのか?


 踏切が閉まり、立ち止まった時にようやく何か言ったが、ちょうど踏切で電車が通り、聞こえなかった。

 だが、もう一度聞くのも忍びない。どうしようかと思っていると、青年の方も聞いてきた。


「キャンベルは何を読んでたの?」


 キャンベル? 自分で提案したものの、しっくりこない。なんだかくすぐったい。

 だけど、青年が私のことを、キャンベルと呼んでくれたおかげで、今から私と青年は晴れてジョセフとキャンベルになれた。誰も、この呼び名に疑問を持つ者はいない。


「週刊雑誌を手に取ってたの。週刊雑誌が一番良い匂いがするから。ジョセフは何の本の匂いが一番好き?」


「匂いか。匂いを褒められたのは初めてだな。じゃあ、キャンベルは読まずに匂いを嗅いでいたわけ?」


「はっきり聞かれると恥ずかしいけど、私、本の匂いがたまらなく好きなのよ」


「そうなんだ。漫画家としては、中身も読んでほしいな」


 え?


「僕、実は週刊少年雑誌でカントリーボクシングを描いてるんだ」


「えーーーーー!!!!!! その漫画、兄が大好きなんです!! うっそお」


 ジョセフが人気漫画家だということが分かり、鉄板焼き屋の前で叫んだ。


 ジョセフは私のリアクションに苦笑した。慣れているのだろう。


 鉄板焼き屋に入らずに、ジョセフを引っ張って本屋に戻った。

 雑誌を買って、サインをしてもらおうと思ったのだ。


 お腹を満たしている場合ではない。


 私の豹変に、鉄板焼きにありつけると思っていたジョセフは、身分を明かしたことを後悔していた。

 会話が弾む前までは、来た道に落ちていたハンガーを見て、何でここにハンガーが落ちているのだろう、とぼーっと考えているほど頭の中が余白でいっぱいだったのにも関わらず、今では聞きたいことであふれていた。


 勇気を出して、ナンパをしてよかった!

 兄にもこの勇気ある行動を感謝をしてもらわないと!


 私史上、最も人生が揺れ動いているに違いない。


 


 


 


 

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