葛城節子のひとりごと② 水
続々と帰ってきた。
はぁ。そろそろ夕飯の支度を始めなきゃいけない。
主婦に本当の意味での休息の日などない。
しかも、急きょパートが休みになり、皆からの手料理の期待値もぐっと上がるので、気分は重い。
急きょ休みになるなんて、こんなことは滅多にないのに、手放しで喜べないとは、私は幸せなのだろうか。
夕べ盲腸になったという店長のメールを読み返すと、娘の智子からメールが届いた。
今日は食べて帰ります。
まるで業務連絡だ。店長のメールよりも、もっと他人行儀だ。文字にあたたかみを感じない。
それでも、ふわっと心が軽くなる。
四人分の夕飯の支度が、三人分になった。
リビングに、摂津が入ってきた。
「今日の夕飯は何?」
作るのは私なのに、なんで面倒くさそうに聞くのだろう。
決めた。簡単で日持ちをするものにしよう。
「カレー」
「またカレー?」
かなり嫌そうに言ってきた。
この子は、皿洗いの一つもしないくせして、作ってくれるだけでもありがたいと思わないのか。
信じられん。その感覚。
外で食べてくると言い出したので、すかさず喜一も連れて行くように言った。すると向こうもすかさず智子に行かせようとするので、智子も外で食べてくると連絡があったことを伝えると、しぶしぶ出て行った。
これで私一人。旦那の輝明は、飲んで帰ると朝言っていたので、食事を用意する必要がない。
カレーは明日作るとして、今日はあるものをつまもうかしら。
そういや、智子がトイレで叫んでたわね。トイレットペーパーの交換地獄に巻き込まれたのね。かわいそうに。でもね、そうでもしなきゃ、母さんの気持ちが分からないでしょ?
リビングに入ってきたときのあの顔。あれを思い出していると、なんだか尿意を催してきた。
ソファーから動くのが面倒くさいあまりに、トイレを我慢していたのだ。
トイレに行く途中、喜一が片付けをして出て行ったかどうか確かめてやろうと、喜一の部屋のドアに手をかけた。
明かりをつけて、ぎょっとした。
教科書がそこらじゅうに散らばっていたのだ。
こういった場合、そのままにして帰ってきてから片付けさせるのがいいのだろう。
だが、今日はせっかくの休日。あの子が帰って来てから疲れることをしたくないのが本音だ。
本人の為に自分で片付けさそうとする天使の声と、私がささっと片付けておこうとする悪魔の声、どちらの声にも耳を傾ける。
今日くらいは許されよう。
あちこちに散らばる教科書をまとめ、ランドセルに入れようとしたその時、ランドセルの中に、何か入っていることに気が付いた。
取り出そうとすると、ネバネバしているではないか。
あの子、一体何を拾ってきたの?
それを取り出してみて、声にならない声を上げた。
何かの卵だということだけは分かった。
だが、見たこともないくらい大きい。色は真っ白ではなく、少しくすんでいる。匂いはない。
実際に見たことはないが、恐竜の卵のようだ。
帰ったら問い詰めなければ。
あーあ、せっかく休息日になると思ったのに。
子どもが生まれると、毎日がドラマだ。
我が家は視聴率が取れる自信がある。
これまでも、虫を捕まえてきては私の目を盗んでこっそり部屋で飼っていたことはあったが、こんなものを持って帰ってきたのは初めてだ。
視聴率、爆上げの予感。