佐竹敏郎のひとりごと 日
ミサの部屋から勢いよく飛び出したものの、こんな姿でマンションに帰るわけにはいかない。
通行人が、綺麗に八の時に離れていく。
俺はその場でワンピースを脱ごうとした。
だが、最近出てきた腹がつっかえて、脱げない。
俺は諦めた。こんな体験、人生でそうそうないだろう。
近所で噂になるかもしれないが、もともと近所づきあいなどないに等しい。ただ、太郎のことを思うと、胸が痛んだ。
自分のせいで太郎が傷付くことがあってはならない。
考えた末、マンションに太郎が帰ってくるのを待って脱ぐのを手伝ってもらおうと思った。太郎は妙な依頼をする俺に呆れるだろうが、心が傷付くことはない。むしろ、鋼鉄のハートに近づくだろう。
さあ息子よ、早く帰ってこい。
マンションのごみ捨て場からどれぐらい待ち伏せただろうか。
人が通るたびに、後ろを向いて、スマホをみるふりをして顔が割れないようにしていた。
おせぇな。早く帰ってきてくれないと、仕事の時間だ。
それに腹も減ってきた。この格好じゃ飲食店にも入れない。
「お父さん?」
可愛い声が聞こえてきた。ギクリとしながら振り向くと、きれいな女の人だった。
「人違いじゃないですかね?」
頬を染めながらボソボソ言うと、
「ごめんなさい」
と言われた。やっぱり。
「私、エリサです」
「え?」
よく見ると、顔立ちはあのエリサだった。
「あ、治ったの?」
「治してもらいました。とっても勇敢な息子さんと、そのお友達に」
その笑顔に、みとれてしまった。
「ってことは、太郎も一緒に?」
「あれ、帰ってないですか?」
そんな話をしていると、太郎が話しかけていた。
「どこから突っ込んだらいいの?」
そう言われ、自分の姿を思い出した。
「可愛い」
まさかのエリサの言葉に胸がときめいた。
だが、エリサの目線は太郎の背後に向けられていた。
「ずっと着いてくるんだ。警察に保護してもらった方がいいかな?」
「この兎さん、何か気がかりなことがあるんだわ。連れて帰りましょう」
エリサは自分の家ではなく、俺の家に上がり込んだ。
元の姿に戻れたのなら、居候の立場もほどかれたはずだが、どういうことなのか。
結局俺は、あれだけ待機していたのに、このままの姿で帰ってきてしまった。何人かマンションの住人とすれ違ったが、エリサが俺に代わって挨拶してくれた。
「ずっとお礼がいいたくて」
エリサが切り出した。
「私をここで守ってくれたこと」
そう言って、押し入れを指差した。
俺の心がチクリと痛んだ。
むしろ、押し入れなんかでごめん。ドラえもんでも、ずっと押し入れ生活だったら、ストレスで道具の使い方を誤ってしまうよ。
それに・・・。
「君を助けることは、僕にとっても必要なことだったんだ」
「よかったら、もう少しお互い支えあっていきませんか?」
思いもよらない申し出だ。思わず太郎の顔をみる。
「断ったら俺が許さないよ」
頭をぽりぽりかく。
俺は、遺影を見て、天国の嫁も許してくれるような気がした。
俺の後ろから、兎が遺影を見ていた。
俺が視線を他に移してからも、ずっと見ていた。
兎はその日の夜、硬くなった。




