葛城摂津のひとりごと② 水
今日が休みということを理由に、俺はネットでそのアイドルにまるわるニュースを一通りチェックし、彼女にまつわるグループ卒業に関する噂の詮索も落ち着いたので、パソコンを閉じて、自室から出た。
いたいた、まだゴロゴロしてるよ。
リビングのソファで横たわる母を軟体動物を眺めるかのように見下ろす。
「今日の夕飯は何?」
「カレー」
迷惑そうに言ってきた。こちらはもっと迷惑そうなリアクションを取る。
「またカレー?」
母は、俺のリアクションに信じられない、という顔をする。
いやいや、週の半分はカレーだぜ?
今日ぐらいは別の料理が食べたい。
なにしろ、彼女が卒業を発表した特別な日だ。
「外で食べてくる」
「喜一も連れてってあげて」
「帰ってんの?」
「さっきね」
「智子は? いねえの?」
「いたけど出て行ったみたい。さっき夕飯は食べて帰るってメールがきたの」
ちぇ。俺も勝手に出てメールで事後報告をすればよかった。
外れクジを引かされた、と思いつつ、弟である喜一の部屋をノックする。
「何? 誰?」
中から警戒するような声が聞こえてくる。
「飯食いに行くか?」
気を遣いながらドアの外からそっと声を吹き込む。
思春期の子どもの部屋に入るわけじゃあるまいし。何で気を遣わなきゃなんねーんだよ。
「ちょっと待って! 準備するから」
喜一の支度がすむまで、携帯でネットサーフィンすることにした。
ほかのメンバーの身代わり卒業だったのだろうか?
調べていくうちに、そんな疑念が生まれるようになった。
新陳代謝を図る時期に、卒業を上から命じられたメンバーがそれを拒否した。
それで体の良い理由がつく彼女が、拒否したメンバーの代わりに卒業を自ら申し出ることにした。
枕営業のないホワイトなグループを、卒業せず甘い蜜を吸い続けると公言しているメンバーは少なくない。
俺は、そのメンバーが誰か、仲間内で連絡を取り合い、ああでもない、こうでもないと討論していた。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
「何も持ってないじゃん。着替えてきたのか?」
「うん、まぁね」
兄らしく、喜一に何が食べたいか聞くと、ミートスパゲッティと答えが返ってきた。
自分の中で何店舗か頭の中に浮かび、味、価格、店の雰囲気でチョイスする。
よし、ファミレスだな。
三十秒で決定。
「学校楽しかった?」
母がいつも喜一に聞いていることを、代わりに聞いてみる。
喜一は、うん、うんと大きく頷いている。
いつもペラペラと学校での出来事を話し、食卓の話題を占領する喜一が何も話そうとしないので、なんだか気になって聞いてみた。
「何が楽しかったん?」
「んー、忘れた」
忘れた。これは、話すのが面倒くさいときの常套句だ。俺も小学生の頃、よくこの手段を使っていた。
まぁ、別に俺も弟の学生生活が気になってしょうがない病気ではない。それよりも、先ほど連絡していた相手からの身代わりの正体の推理をじっくり頭の中で組み立てる。
「あ、お姉ちゃん!」
喜一が声を上げて、また我に返った。
喜一にとって、姉であり、俺にとっては妹の智子が、踏切で信号待ちをしていた。
しかも、隣には男がいた。
知り合いか?
しかし、知り合いのような空気間ではない。
行先変更。
俺は妹を尾行すること喜一に告げた。