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葛城摂津のひとりごと 日

 夕方のニュースで、喜一の名前が出て、飲んでいたコーラを吹き出してしまった。


 あいつ、仲間にそそのかされて変なことに巻き込まれてやがる。

 金曜にうちでコソコソ会議をしてたのはこのことだったのか。


 しかし、うちの末っ子がニュースデビューとはな。

 木曜まで引きこもりだったっていうのに。


 ニュースの音量を上げる。

 家には自分一人しかいないが、アナウンサーの声を一言も聞き漏らしたくなかった。


 人体に悪影響が出る違法の薬を扱っている組織に警察が突入したところ、喜一を含む子どもたち五名と、被害者の大人一名を救出したとされていた。全員怪我はなかったと聞いて、胸を撫で下ろす。


 一歩間違えれば命はなかったかもしれない。

 そう思うと、悪寒が走った。


 被害者のリストの中には一般人の他にも、大物政治家や有名アイドル、スポーツ選手や文化人もいたらしい。


 緊急速報が流れる。


 先週突然グループを脱退したアイドルが、緊急会見を開くという。

 会見場にカメラが切り替わる。

 まもなく会見のテロップが出てから実に30分後に、本人が出てきた。

 ここねの姿を見て、息を呑んだのは俺だけではないだろう。

 記者陣からざわめきが聞こえてくる。


 先日女優に転身したばかりの彼女は、全身が緑色に変わっていた。

 私ミラクルここねは、皆さんが見ての通り、今ニュースになってる薬を買い、このような姿に変わってしまいました。


 ここねの脱退理由がこれだったなんて、思いもよらなかった。

 あんなにあれこれ分析していたのがバカみたいだ。

 だが、こんなの当たるわけない。


 薬に手を出した動機は? 

 今回表に姿を表して事件に関与したことを発表したのはなぜか?

 動揺しているであろうファンに向けて一言!


 など、記者から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。


 その一つ一つ、自分の言葉を紡ぎながら誠実に答えていく。


 納得してもらいたいとか、許してほしいという気持ちはありません。

 ただ、今回こうすることが、突然グループを抜けて迷惑をかけた私に

できる、ファンの皆さんに向けての誠意だと思いました。


 その声は震えていた。


 テレビ画面に映る時刻を見て、洗面台から歯ブラシを取りに行く。

 七時から、ミラクルここねが所属していたアイドルグループの握手会があるのだ。


 彼女たちも今、これを見ているのだろうか。

 でも、考えてみれば俺たちと同じタイミングで事実を知るはずないか。


 相談ぐらいあったに違いない。


 私は、怖かったんです。この姿を知られたら、ファンの皆さんに嫌われちゃうんじゃないかって。でも、失礼ですよね、そんなの。私は、ファンの皆さんをもっと信じようって思いました。

 だから、今日のグループの握手会に、けじめとして出ようと思います。

 ほかのメンバーに迷惑がかかるかも、とか、いっぱい考えました。

 でも、リーダー始め、私の背中を押してくれました。何かあれば、私たちが守るから。そんな風に温かい言葉をかけてくれる仲間と、活動してこれたこと、今さら誇りに思えてきました。

 ファンの皆さん、怪しい薬に手を出してしまった愚かな私の姿を、そのままさらけ出しますので、今日会いに来てください。私に気を遣ったりすることは、私も望んでいません。ただ、お別れの挨拶もしていなかったので、最後に別れの挨拶をさせてください。よろしくお願いいたします。


 思ってもいないチャンスが訪れた。

 まさか、ここねとまた話せるなんて思ってもみなかったので、行く予定にしていたアイドルと話す内容はオジャンにし、ここねに何を言おうか歯を磨きながら考えた。


 ここはやはり、男気を見せないと。

 俺が守ります。どんな姿の君も愛してる。


 印象に残りたいって気持ちもあるが、ここねの心を軽くするような言葉が言えたなら。ここねの笑顔を引き出すことができたなら、それでいい。


 握手会会場に向かうまでの間、ここねにかける言葉を決めた。


 美しい。


 君の心根が美しい。


 彼女に対しては言えない。アイドルのここねにだから言えるのだ。大真面目に。


 握手会は何度も参加しているが、実際にアイドルの前に立つと、あれだけ考えていた台詞が出てこないのは多々ある。緊張して声が上ずり、考えていた言葉が出てこない。アイドルの美しさに吞まれるのだ。

 その反応こそが、リアルな感想といえるのだが、今日の俺はここねの前で、凛として落ち着いて台詞を吐けた。動揺を顔に出したら、失礼に当たる。そして何よりもここねを傷つけてしまうと思っていたからだ。


 ミッションクリア。ここねが何かを言う前に、ある程度満足していた。


「ありがとうございます。そう言ってくださると、元の姿に戻りたいなんて、駄々をこねずにすみます」


「戻らないの?」


「はい。まだ日本では元に戻る薬の使用許可が下りてないらしいんです」


 俺は、ポーンと横からボールをパスされた気がした。ボールには、喜一の顔が貼ってある。


「大丈夫、俺に任せて、なんとかするから」


 力強く手を握りしめる。


 ここねが戸惑ったような顔をして、剥がし役のスタッフに引き剥がされる。


 ああ、困らせたくて握手会に来たわけじゃないのに。

 狂言ですますもんか。


 自宅に帰るまでの道。満月にここねの困り顔が浮かび上がる。

 落ちていたジュースの缶を、月に向かって思い切り蹴飛ばした。 

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