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ミサの元カレのひとりごと 日

 病院に行ったものの、あいつは見つからなかった。

 よく考えたら、俺はあいつの名前を知らない。

 妻が入院しているのにも関わらず、病院内で人探しをして不審がられるのは避けたい。

 偶然出会うのを待っていた。


 昨日は結局出会えなかった。まぁそうだよな。

 自分の中で納得する気持ちはあるものの、焦る気持ちは人一倍だ。


 なんといっても、今日が約束の日なのだ。


 ミサと初めて恋に落ちた日。

 俺は刑事で、ミサはストーカーだった。


 被害者から署に相談に来ることもしばしばあったが、ストーカー被害など日常にあふれかえっている。

 ミサがやっているストーカーは、事件として扱うには決定力に欠けていた。


 ミサは、行きつけの洋服屋の店員に付きまとっていた。

 住所を突き止め、手作り弁当をドアノブに下げたり、毎日百件の留守番電話を入れていた。

 ミサの一日のスケジュールを垂れ流す。

 タイムリミットが来ると、また次の留守電に入れる。

 かなり細かい個人情報を、舌足らずな口調で永遠と喋っていた。

 私のすべてを知ってほしい。

 そしてあなたのことも教えてほしい。

 自分で調べるには限界があるから。


 相談、というよりも、苦情に近かった。

 青年には彼女がいて、彼は彼女に危害が加わるのを何より恐れていた。

 だが、実際に危害を加えられているわけではない。

 警察が動くのは、事が起きてからだ。


 俺がミサと会ったのは、偶然だった。

 そういえばここ、相談者の家の辺りか。

 ぼんやりそう思いながら、満月に照らされたアパートを眺めていた。


 スラッとした女がアパートに入るのが見えた。

 ああいうのが被害に合いそうなタイプなんだがな。


 女の美しさに息を呑んだ。

 自分に言い訳をしながらアパートに近づく。


 これは巡回なんだと言い聞かせながら。


 女がノックしていたのは、相談者の部屋だった。

 あいつ、こんないい女と付き合ってんのか。

 この期に及んでそう思っていた。


 だが、女に異変が現れた。

 ガンガン戸を叩き、泣き崩れる。

 男が出てこないのが分かると、持っていたビニール袋を戸に下げた。


 ビニール袋の中身を確認する前に、女の手首を掴んだ。


「何やってる」


「あと三秒で離さないと痴漢だって叫ぶわよ」


 一人で取り乱していた女とは思えないほど、低く冷静な声色だった。


 俺は手を離した。

 だが主導権を渡すわけにはいかない。


「どうしてあいつなんだ」


 自分の口から出た言葉の意味に、後から気が付いた。

 俺、何言ってんだ。


 どうしてこんな綺麗な人が、すでに予約済みの男に執着するのか。

 俺なら、まだ空いてるというのに。


 その日以来、俺は捜査に乗り出した。

 ミサに近づくために。


 俺は相談者から自分自身に興味を移行させることに成功した。

 なんと、予想よりも早くお付き合いすることが決まったのだ。

 小躍りし、ミサになんでもプレゼントを与えた。


 その中に、白いワンピースも入っていた。


 俺たちが別れたとしても、ストーカーをしていなければ、一年に一回、この白いワンピースを着て、出かけてほしい。俺はそれをどこかで必ず見ているから、だから私は大丈夫って、体で表現してほしい。


 警察官としての使命感。

 そんな大それたもんでもないけれど、俺はお前と別れても警察官として生きるという覚悟はあったのかもしれない。


 その覚悟は、今も変わらない。


 上を見上げると、あの頃と同じ色の空が広がっている。

 深呼吸してみる。

 息が止まった。

 病院の屋上に、あいつがいた。

 あの緑色のおっさんだ。


「おいそこのおっさん、動くな!」


 声を屋上まで張り上げる。表情までは見えないが、こちらに気が付いたようだ。

 待ってろ、すぐ行くからな。


 屋上まで駆け上がると、逃げるでもなく、俺の登場を待っていた。


 放心状態なのは気のせいか。


「白いワンピースを返してもらおうか」


「はい?」


 とぼけるんじゃねえ。

 腹の底から声が出る。


「あの白いワンピースは、ただのワンピースじゃないんだよ、変態さん」


「人違いだよ、何言ってるか分からないんだけど」


 男の胸倉をつかむ。


 その時、電話が鳴った。

 病院からだ。


「産まれました」


 すぐに階段を駆け下り、病室に向かう。


 そこには、頑張った妻の姿と、赤ん坊が泣いていた。

 俺の顔を見て、妻は頬を緩めた。


「なに泣いてんの」


 俺は泣いていたらしい。


 赤ん坊を抱かせてもらう。


「おめでとう」


「え?」


 赤ん坊に釘付けになっていた目線が妻に移る。


「パパになったんだね」


 腕が重く感じた。この子の未来の責任がかかっているんだ。


「決めた」


「え?」


 今度は妻が問う番だ。


「この子の名前は未来だ」


「良い名前ね」


 俺たちに見つめられた未来は、精一杯泣いていた。

 




 






 

 

  

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