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野兎だった老人のひとりごと 土

 自分の姿が変わったということに気が付いたのは、後ろをふりむいた女の子が、悲鳴を上げたときだった。

 いつもと体の重さや動かし方が違うような気がしていたが、ぼくは気にせず、兎走りで皆の後を追っていた。女の子の悲鳴で後ろを振り返った皆も、ぼくを見て顔を歪めた。


 そうか。ぼくは晴れて人間になったのか。

 ということは、今から二足歩行をしないと不自然になるのか。


 気を持ち直して二足歩行を始めたが、四足歩行からの二足歩行の流れを見た子どもたちは、一様に怯えていた。


「ごめんね、脅かすつもりはなかったんだ」


 こんなに早く人間の姿に変わるとは、思ってもみなくて。


「あいつらの仲間?」


 太郎が敵意をむき出しにしてくる。


「とんでもない。ぼくはさっき君たちを起こしてあげた野兎だった者だよ」


「えー!」


 反応に小学生らしさが出ている。


「どうして人間になったの?」


「白いワンピースを着た女の人のおかげで人間になれたんだ」


「あの身を投げた人?」


 小学生で、身を投げるという言い回しをするのか。

 妙なところで感心してしまう。


「飛び降りたの?」


「うん、怖かった」


「ところで、ちょっと休憩しない?」


 息が切れる。


「じゃあおじいちゃんはここで休憩しててよ、もうすぐそこだから」


 男の子が指さした先には、倉庫Bと書かれていた。


「え、おじいちゃん?」


 ぼくにはそこが引っかかった。

 ぼくはお兄ちゃんじゃなくておじいちゃんなのか?


 人間になれた喜びのすぐ先っちょに絶望があったなんて。


「ぼく、おじいちゃんなの?」


「どうみてもおじいちゃんでしょ」


 クソガキめ。


 しかし、そうか。老衰手前の野兎だったし、そりゃそうか。

 じゃあ、ぼくじゃなくてわしって言いなおした方がいいな。

 子どもぶりっこな爺さんに見えてたら、こいつらだって口の利き方を間違えるだろう。

 わしは威厳を出すことにした、


「おじいちゃんも着いていくよ。君たちの保護者代わりだからな」


 人間になったとたんすっ飛んでいく薄情な爺さんだと思われたくない。

 少しは感謝されたり、尊敬されたり、そして頼られたいもんだ。


「わしより前にでるな? わしが先頭を切る」


「わかった」


 子どもたちは素直に言うことを聞いてくれた。早くも愛着が湧き始める。

 少しでも走ろうもんなら、足がもつれそうになる。


「敵に気づかれるかもしれん、忍び足で行くぞ」


 指示を出して、ゆっくり一歩ずつ倉庫Bに忍び寄った。


 空からふわり、とタキシードを着た男が降りてきた。


「うおおっ忍者!?」


「お静かに。大事な手術をしているんです。あまり騒がないように」


 子どもたちは、互いの顔を見合わせて、しーっと人差し指を立てた。


「何かご用ですか?」


 これは、ぼく、じゃない、わしに向けられた言葉だ。・・・・・・言葉じゃ。


「ああ、そこの倉庫を開けて、娘を返してもらおうか?」


「それはできない。さっきも言った通り、大事な手術をしているんです」


「手術? 誤魔化しても無駄だ! ・・・・・・無駄じゃ! わしはそこで怪しい実験をしとることを見抜いとる」


「じゃあ話は早い。人類にとって大事な実験だ。終わるまで別の場所で待機しててください。君たちも、お菓子をあげるからこっちにおいで」


「貴様、人体を何だと思っとる」


「何か勘違いしておられるようですが、彼女は自ら我々の組織に近づいたんですよ? 誘拐して薬を差し出したわけじゃない」


「お前・・・・・・!」


 人を見下した目をした男にとびかかろうとした瞬間、視界から男が消えた。


 女の子に足払いをされて寝技を決められていた。


「白雪姫は柔道の小学生チャンピオンなんだ」


 男に同情の目を向けて男の子が言った。

 小さな体で男を固めたこの色白少女は、白雪姫と呼ばれているのか。

 守られる姫ではなく、守ってあげるお姫様。


 男は地面をペチペチ叩いている。

 あっけない降参だ。


「ブレーカーまで連れてってくれたらほどいてあげる」


「わかった、わかったから離してくれ」


「嘘をついたらもう一度絞めるわよ」


 気づいたら拍手をしていた。

 ヒューヒュー。


 男が力尽きていると、先ほど白雪姫と呼んでいた男の子が、ピストルを渡してきた。


「おもちゃだけど、おじいちゃんが持っててよ。僕たちが持ってても、すぐにおもちゃだってバレちゃうからさ」


 見かけだけよろしく、ということらしい。


 おもちゃのピストルを、男の顎下に付けて、ドスの利いた声で、


「早く案内しろ」


 と言ってみた。男は混乱し、正常な思考回路が戻っていないようだった。顎下に銃口が突き付けられている恐怖で、なかなか腰に力が入らないようだった。

 これまでに体験したことのない快感が全身を巡った。

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