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葛城智子のひとりごと 土

 ふらふらと草むしりにいくジョセフの背中を見ながら、まいったな、と呟いた。


 この状況で草むしりって、ジョセフの考えてることは分からない。

 まぁ、つい何日か前まで赤の他人だったのだから、その思考回路が読めなくて当然だ。


 冷蔵庫の中を物色する。

 チョコレート発見。糖分を採らないと湧くものも湧いてこない。

 大胆にもかじりつく。


 かじりついたチョコレートを、冷蔵庫の中にしまう。

 まるまるなくなっているよりも、食べかけのチョコレートを発見した時の方が、与えるショックは大きいだろう。

 そう、私はジョセフにショックを与えたいのだ。私が苦しんでいる分、やつも苦しむべきなんだ。


 なにげなく辺りを見回すと、戸棚の中に大量の手紙があるのを見つけた。誰も入ってこないかドキドキしながらも、さっそく手に取る。

 ファンレターのようだ。


 ファンレターをのぞき見する権利は、自分にはある。

 そう信じて、手紙を読んでいく。

 自分がもらったわけではないのに、嬉しくて涙が出てくる。

 一言一言が、胸にしみこんでいく。


 楽しみにしています。

 支えられています。

 あなたの漫画に救われました。


 そして、漫画家になってくれてありがとうございます。


 泣かずにはいられなかった。

 自分が描いたわけでもないのに、変なの。


 ジョセフに見られたら、馬鹿にされちゃうよ。


 そう思いながら、ジョセフがしている仕事に対して、尊敬の念を抱く。

 これだけ人に勇気や希望を与える仕事をしてるんだ。


 これだけの人の気持ちを失望させてしまってはだめだ。

 気が引き締まったその時、部屋をノックする音が聞こえてきた。


 取り繕う暇もなく、若い男がずかずかと入ってきた。

 私を見て一瞬眉を顰め、やばい、と思ったが、青年はすぐに相好を崩した。


「はかどってます?」


 え?


 どうやら、このイケメンは、ジョセフの担当のようだ。

 事情を知っているのか、漫画の進捗状況を聞いてきた。

 ファンレターを読み込んでいることには何も言わない。


「いや、はかどってるもなにも、私何もノウハウとかないし」


「逆にいいんじゃいですか?」


 何が逆にいいのだ。

 このイケメン担当は、漫画さえ描いてくれればなんでもいいらしい。


「いいの? 起承転結も分かんないよ、私」


「いいっすいいっす、むしろその枠ぶち壊しちゃってください。金井さん、頭固くてそこの枠から突き破れないところがあるんで」


 金井、というのがジョセフだと分かるまで、十秒ほどかかった。

 あーあ、ジョセフが聞いたら泣くだろうよ、その台詞。


「ちょっと口が軽すぎるんじゃない? あんた」


 あんた呼ばわりで十分だと判定。


「口止め料に、ランチでもどうです?」


「デザートのパフェつきで手を打とうか」


 ん?


 なんか私、のせられてる?


「じゃ、お昼頃また来ますんで」


 殊勝な顔つきが、憎たらしい。

 ぐぬぬっ。


 腹時計は、時計よりも早く鳴った。


 ジョセフが描いてる漫画は、冒険モノだ。

 あるお宝を目指して旅をしている途中に、色んな仲間に出会い、人間ドラマがあるのだが、最近

一番信頼していた仲間が裏切者だと分かった。

 その続きを託された。


 私は一生懸命その裏切者に感情移入し、動け! と叫んだ。

 キャラクターが自分の意志で動いてくれれば、苦労はしない。


 作者に動かされていたはずのキャラクターが自分の意志で動くことは、時にあるらしい。

 ジョセフが言っていた。


 原画のキャラクターを見つめていると、そいつが勝手にしゃべり始めた。


「お前が集めているのは、人類に危害をもたらすものだ」


 裏切者の処刑場で、起死回生の一言を言う。


 そいつは結局死んでしまうが、仲間たちからの疑念は絶えず、ついに主人公が拘束されてしまうことに。


 ここまで言うと、キャラクターたちは動かなくなってしまった。

 そうなると、あとはジョセフにバトンタッチだ。


 今週の雑誌はここまでで持つだろう。


 忘れる前に、今キャラクターたちから聞いたことをジョセフに言わなきゃ。

 そう思って、窓の外から芝生を見下ろすと、ジョセフが土の中から顔だけ出していた。


 ひいっ

 何やってんの? あいつ。


 ジョセフに対する恋心が薄れそうになる。


 部屋をノックする音がしたのも気が付かなかった。

 なので、担当から声をかけられて、一人だと思っていた私はかなり驚いた。


「ごめんなさい、ノックしたんだけど」


「ねえ、あれ見て!」


 もはやツチノコでも発見したかのように、窓の下を指さした。


「何やってんすかね?」


 彼も不審そうに言う。


「ひとまず、行ってみましょうか」


 はい、と言っていた。


 急いで外に出て、ジョセフの元に駆け寄る。


「何やってるんっすか」


「ちょっと体調が悪くてね」


「体調が悪いんならすぐ病室に戻ってくださいよ!」


 適切なつっこみである。


「いや、ここが落ち着くんだ」


 目を細めてそういうジョセフに、自分の見る目は間違っていたのかと選球眼に自信がなくなってくる。


「二人は、これからデート?」


 ジョセフは自虐気味に言う。


 ジョセフへの失望をのっけて、ええ、と言ってしまいそうになる。


「ランチに行こうかと思って」


「そう、気をつけてね」


 この状態のジョセフに気遣われるとは。私と担当は、二人で脱力した。


 誰かにうっかり踏まれないように、目立つように看板を立てておいた。


 大丈夫かな、と何度もふりむく担当に、仄かな優しさを感じた。


 

 


  

 


 


 


 

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