ルミのひとりごと 土
頬に痛みを感じ、起きたら目の前に野兎がいた。
え? この子が私をぶったの?
私はまだ、夢の中にいるの?
周りには、昨日工場に乗り込んだメンバー、つまり、秘密基地を知るメンバーがそろっていた。
夢じゃないっていうの?
ってことは、この野兎は、可愛い顔して奴らの仲間?
私は野兎の首をぎゅ~っと絞めた。
どんどん顔色が悪くなっていく野兎の顔を見ていると、手に力が入らなくなってきた。
「逃げなさい、早く」
逃がしてあげることにした。
この野兎から、勝手に命を奪ってはいけない気がした。
正確には、奪わせないようなオーラがでていた。
だが、野兎は懲りずに隣の人を往復ビンタし始めた。
どこにそんな体力が残っているのだろうか。
っていうか、私を最初に往復ビンタしたのね、この子。
唇をつんと尖らせて、狸寝入りをした。
私は白雪姫。王子様のキスで目覚めるんだから。
太郎か喜一がいいな。
今のところ私は、太郎と喜一のことが気になっている。
ビンタの音が響く。
皆が起こされる気配がする。
誰かが近づいてくる。
ここで女友達が呼びかけてくるなんてさえない展開は勘弁してよね。
そう思っていると、首に手をかけられた。
「ぐへっ」
気づいた友達が、そいつを止めてくれたようだ。
「何すんだ、この野郎!」
友達の声で気づいたふりをして目を開けると、犯行に及んだのは野兎だった。
まぁ、うすうす気づいてましたよ。
感触も人間の手じゃなかったしね。
「まぁ、許してあげて。相手は兎よ」
私は寛容なアピールをした。
「こんな兎のことは放っておいて、ここから脱出して、あいつらを探そう!」
「その前に、エリサを助けなくっちゃ」
太郎が言った。
野兎が鳴いた。
「おい、ピョン吉! お前、エリサの居場所を知ってるのか?」
喜一が口もきけない野兎に聞いた。
野兎が煙突に登ろうとするので、そこから脱出するつもりらしい。
「ここをよじ登るなんて、私無理よ」
「ここにいたら死ぬぞ」
弱腰の私を太郎が咎める。
死ぬって、うすうす分かってたけど、人から言われると何倍もその言葉が現実味を帯びる。
やるしかない。やるしかないのだ。
「白雪姫を先頭にしよう」
喜一が提案する。
これで落ちたら皆道連れだ。
手と足で壁を伝い、何十メートル、いや、何百メートルもありそうな煙突を上るというのか。
気が遠くなる。中々一歩が出ない私に、仲間がしびれを切らし始める。
すると、一本の縄が降りてきた。
「これに掴まれってことかしら!?」
「いやまて、それはワナかもしれませんよ!?」
学級委員の男子が言った。
ワナでもなんでも、自分の体力を信じるよりも可能性がある。
しかも、どのみちここにいては殺される。
私はぶら下がる綱に自分の体を預けた。
すると、野兎が私の背中に飛びついてきた。
「兎だって一か八かにかけてるよ! 皆も行くよ」
皆も後に続く。
ただ、学級委員の男子と、喜一はここに残って違う方法で脱出すると言い出した。
そういう人間も必要だろう。
だが、それが自分の気になっていた喜一というのが、ショックだった。
彼には、私を守ろうという気がないのがはっきりと分かった。
自分の気持ちも、私の動向で大きな決断を下してくれた太郎にぐらりと傾いた。
これで地上に出たら、無事に何事もなく地上に出られたら、太郎に告白しよう。
私は、くい、くい、と綱を引っ張った。
すると、ゆっくり綱が上がっていく。
鼓動が早くなる。
浮上していくにつれ、やっぱり止めておけばよかったと後悔しても遅い。
しかも、どのみち一歩を踏み出さないと何も始まらない。
じっくり考える時間があるなら喜一と同じ選択をしただろう。
だが、私たちにはそんな時間がない。
喜一たちは差し迫った状況に置かれているという認識が甘いのだ。
煙突の外に出た。眩しさに、思わず目をつぶる。
久々の日光な気がする。
太陽をバックに、白いワンピースを着た一人の女性が、お疲れさまと微笑んだ。
手には綱を持っている。
彼女は、汗一つかかず、涼しい顔をして、綱を引き上げていた。
「え、一人で私たちを引き上げてくれてたんですか!?」
お疲れ様、の言葉で、敵ではないと判断した私は、思ったことを口にした。
彼女は何も言わずに微笑むだけだ。
続々と引き上げられた仲間たちも、同じリアクションをする。
野兎なんて、綺麗な大人の女性に興奮したのか、彼女の周りを走り回る。
落ちたら危ないよ、と言っても、もう誰も野兎を止められない。
「はい、朝ご飯」
そう言って、バスケットの中からパンを差し出してくれた。
「待って、その前に、残りの二人を引き上げないと」
太郎が言った。
私は、綱を煙突の中に落とした。
「何やってるんだ!?」
君は正気か? という反応が返ってきた。
「彼らは彼らで脱出すると決めたんだから」
「でも、あんまりだよ」
「なにが?」
苛立ちを隠さずに、太郎をじろりと睨む。
告白をする雰囲気じゃなくなってしまった。
険悪な雰囲気の中、彼女からもらったフランスパンを、皆で分け合いながら食べようかと思ったその時、
手に持っていたフランスパンがなくなっていた。思わず彼女の顔を見る。
「野兎が持って行ったよ」
あの野兎がいなくなっていた。
「もういい。エリサを助けに行こう」
太郎が言った。
「倉庫Bよ」
彼女が言う。
「エリサはそこにいる。早くしないと、やつらに実験台にされてしまうわ」
「知り合いなの?」
「まぁね」
そう言って、彼女は微笑みながらふわりと身を投げた。




