葛城敬心のひとりごと 土
夕べはなかなか寝つけなかったので、寝不足ぎみだ。
二度寝をしようかと思いつつ、スマホを開く。
何気なく開いたスマホを読んで、飛び起きた。
ミサちゃんからメールが入っていた。
しかも、そこには誕生日だと慎ましく主張してあった。
オーマイガ!
女性の記念日に対する執着は想像に難くない。
頭の中にオーマイガ!花が咲いた俺は、よろけて二度ほどベッドに足の小指をぶつけて悶絶しながらも支度をすませた。
あいつは、俺の隣ではなく、喜一の部屋で寝たようだ。
忍び足にする必要はなく、なんなら今から女のところに行ってくる、と堂々と宣言してもいいくらいだが、忍び足を選択した。
自由を与えられたとたん、羽目を外す底の薄さを知られるのが恥ずかしかった。
それに、少しはあんな女でも、やっぱり好きなのだ。
俺が言うのもなんだけど、傷ついてほしくない。
ここで買えば間違いない、というケーキ屋で、ホールのケーキを買った。
お祝いより睡眠を優先させたと思われたくない。
ここは会った瞬間抱きしめることが先決だ。
何も言わず、態度で伝えるのだ。
男は黙って抱きしめる! よしよし。いいぞ、俺。
ミサちゃんのマンションの部屋を、合い鍵で開ける。
中で、何かがカサカサ、と動く音がした。
誰かいるのか?
こんな時間に?
昨日からずっと一緒にいたってことか!?
俺の頭にはよからぬ妄想が広がっていた。
こんな状況で、標的を抱きしめれるのか?
恐る恐る開けると、部屋に灯りはついていなかった。
ミサはベッドの上で眠っている。
おかしい。
絶対に人がいたはずだ。
だが、玄関に靴はミサのしかない。
どういうことだ?
狸寝入りしたければしてればいい。
俺は浮気相手とゆっくりご対面、そして退散させるとしよう。
目覚めたらいきなり幸せをかみしめることになるぞ!
ふっ腕が鳴るぜ。
クローゼットの中は一番最後のお楽しみにとっておいた。
どうせ、そこに隠れてるんだろう。
なにしろそこは、何かがあったときに俺が隠れる場所になってるからな!
大の大人が一人隠れられる場所を探す。
やはり、そこなんだな。
足音をわざと出してクローゼットの前に行き、聞き耳を立てる。息が上がっているのを確認し、口角を上げる。
俺は本来の俺を手放してしまった。
勢いよく扉を開ける。
作業着のおっさんが一人、うずくまっていた。
「お前、ミサに何しようとした?」
ドスの利かせた声で問いただす。
「何?」
ミサが起きたようだ。目をこすりながら、いかにも今起きました、といった具合だ。
「何? じゃねえよ! 誰だ、こいつ」
おっさんがいることに気づいたミサは、ぎょっとしたような顔をした。それが嘘とは思えない。
「その人誰なの?」
「俺が聞いてるんだけど」
「知らないわよ、おっさんのペットを飼った覚えはないわ」
本当に知らないのかもしれない。
「ってことは、変質者か? 今すぐ警察に電話しろ」
「待ってくれ、俺には小さな子供がいるんだ」
「小さな子供がいるのに、こんなことして恥ずかしくないのか」
同情というよりも、呆れた。
「違うんだ、聞いてくれ」
事態は一本の電話から始まったらしい。
おっさんが言うには、昨日見知らぬ男から奇妙な電話がかかってきて、庭に埋めた白いワンピースを同居人に渡してしまったから、返してほしいと言われたようだ。
ところが同居人の女はおっさんの息子と一緒に消えて、家にいない。
息子の友達の家に片っ端に電話をかけたが、どこにもいないという。
なので、白いワンピースを買って、聞いていた庭に戻そうとしたが、返すときは庭ではなく、クローゼットの中に入れておくように指示されていたことを思い出したらしい。
「そんな話、誰が信じると思ってるんだ」
ミサが、
「私そんな電話してない」
というより先に、怒鳴りつけた。
「本当です! あれは男の声だった。あんた、残念だけど、この女は浮気を疑われないように嘘をつくしかないんだろうが、本当なんだよ」
ぐっと奥歯をかみしめる。
「ワンピースを埋めたのは本当なのか?」
「それは本当よ」
「じゃあ、それがなくなってるのか見てみよう」
ミサは寝間着のまま、庭で土堀りをさせられることに抵抗していたが、有無を言わさなかった。
ミサが埋めたという場所を掘っても、ワンピースは出てこなかった。
出てこないことに確信を持っているおっさんは、声を弾ませながら言った。
「ね? 言ったでしょう?」
「黙れ! ミサ、そのワンピースのことを知ってるやつはいるのか?」
「うーん」
ミサは少し考える素振りをしながらも、答えた。
「元カレ?」
疑問形なのは、俺に気を遣っているのだろう。
俺も、ふ~ん、と軽く流す。
「でも、庭に埋めたなんて知らないはずだけど」
「そりゃそうだな」
元カレ、とミサの口から出てきて、自分が持ってきたケーキを、掘った穴に入れたくなった。




