山に棲む野兎のひとりこと② 金
足に擦り傷ができても、通り雨に見舞われても、走り続けた。
足が止まりそうになると、あの手のぬくもりを思い出して歯を食いしばった。
人間になりたい。
この機会を逃すと、もう一生人間になるチャンスはない気がした。
もう一度母に会いたい。
死ぬまでに、母ともう一度だけ。
ぼくの体はぼくが一番よくわかってる。
もう、いつ老衰がきてもおかしくない。
息がきれる。苦しい。
ハングライダーは、二山越えた山の中にある工場の方に降り立った。
急いで追いかける。
だけど、僕がたどり着いた時にはハングライダーだけが残っていた。
もうだめだ。
その場に倒れこむ。
このまま寝れちゃう。
だけど、寝て起きたらもう今日のようには体は動いてくれないだろう。自分の体は自分がよくわかってる。
はっとした。
自慢の長い耳をピンと立てる。
何者かがこちらに向かって歩いてくる音がする。
しかし、声はあの白いワンピースの女のものではない。
建物の陰に隠れる。
「これ、回収した後どこに置いとくんスかね?」
「倉庫B?」
「やっぱあそこっスか」
男が二人、ハングライダーを運んでいく。その足取りはハングライダーの始末がかったるいと言っている。
「あいつらどうする気なんスかね」
「副作用が出てるやつは実験に使えるから手術室に連れて行かれるだろうな。ガキは始末するんだろ」
全身が震えた。
白いワンピースの女をガキとは呼ばないだろうから、手術室に連れて行かれるのが彼女なのか?
倉庫Bを探して待ち伏せしよう。
実験、という言葉に足が震えてなかなか前に進めない。
野兎は昔からよく人間に実験として使われており、その言葉のもつ恐ろしさは理解している。
やつらはぼくたちの命なんてミミズのフン程度に思っているのだ。
なんならぼくたち兎のぬいぐるみの方が大事にされているくらいだ。
息苦しくなってきた。
動悸とめまいが襲う。
やつらにぼくが見つかれば、一緒に実験台にされてしまうに違いない。
そうなると、お母さんに会いにいく夢が断たれてしまう。
お母さんに会うまでは、ぼくは死ぬわけにはいかないんだ!
そうだ。
やつらはガキの始末と言っていた。
子どもたちを助けて、彼らに白いワンピースの女の救出を頼もう。
子どもたちはどこにいるんだろう。
そのとき、強い風が吹いた。
ぼくは風に飛ばされて、工場の屋根の上まで飛んでいった。
煙突にしがみつき、風で飛ばされるのを踏ん張る。
煙突を掴む手も、滑っていつ外れてもおかしくない。
このままだと遠くまで飛ばされてしまうと思ったぼくは、煙突の中に身を隠した。
滑り台のように下に滑り落ち、誰かのお腹に落下した。
いってえ。
豪快に尻餅をついてしまった。
下に誰かいると気づいたのは、落下して数秒後。
わっと声をあげそうになった。
子どもたちがいたのだ。
縄で縛られているのを見て、例の子どもたちだと分かった。
寝ているのかと思ったが、気を失っているようだ。
周りは薄暗く、誰もいなかった。
ぼくは、一人ずつ往復ビンタで起こすことにした。




