葛城敬心の不倫相手のひとりごと 金
急に予定が空いたときの虚しさは、生ビールで埋めるのか、筋トレで埋めるのか、はたまた違う人肌で埋めるのか。
選択肢がたくさんあって、ある程度の自由が保障されているというのに、この満たされない思いはなんなのだろうか。
割り切った関係だからこそ、約束を破られたからといって、喧嘩になることもない。
誰かの一番になりたい、と思ってその座に君臨しても、誰かの一番で居続けるのは難しい。
だから、思い切って二番でもいいと張っていた肩肘を楽にしてみた。
すると、なんとなく、人間に深みが出てきた気がする。
不倫ができる女。
家庭を壊そうとか、そんなつもりは微塵もない。
秘密基地を少数の仲間たちと楽しむ小学生と似た境地だ。
先月、高校の時から十年間付き合っていた彼と別れてから、私は堕落していった。
人間的深みと堕落。どちらも私にとって真実だ。
指輪が手に入るかもしれない、と期待を抱かせる相手だったからこそ、ショックも大きかった。
だからこそ、始めからもらえる可能性のない相手と付き合おうと思った。
一番手で居続けることの苦しみを味わったからこそ、二番手でプレッシャーのない位置に腰掛けようと。
それでも、急に男との予定がなくなると、寂しさがこみ上げてくる。
自分では割り切っていたつもりでも、本当の意味で割り切るのは難しい。
今日が自分の誕生日でなければ、ここまでシックにならなかったかもしれない。
結婚すると言われた時、ようやくこの時が来たか、と感動の涙を流した。
だが、結婚する相手は私ではなく、私の後輩だった。
天国から地獄に落とされる感覚を味わった。
彼の前で涙を流したことも屈辱だったし、十年間を返してくれと泣き叫んだ。
彼からもらったプレゼントは皆、思い出と一緒に庭で燃やした。
だけど、白いワンピースだけは、燃やせなかった。
仕方なく、土の中に埋めたっけ。
とにかく、目の前からすべてを消した。
年老いてからの十年間ではなく、多感で青色の十年間を奪われたのだ。
冤罪で牢獄に入れられていた気分だ。
結婚がちらつく恋愛はもうしんどい。
精神的にきつかった。
仕事も手に付かず、上司から罵声を浴びせられる毎日。
経理課の葛城係長から呼び出されたときは、今日は何を言われるんだろうってぼんやり考えていた。
「こんなミス考えられないよ」
私のケアレスミスで、大事になるところだったようだ。
それを、経理課の葛城係長が気がついて私を呼び出したのだ。
「すいません」
言い慣れた言葉は安産で出てきた。
「もっと仕事に身を入れてくれないと困るんだけど」
これも言われ慣れた言葉だ。
「すいません」
「すいませんって言われてもねぇ。君たちの世代が何を考えてるのか分からんよ。他に何も言えないの?」
「私は私で色々あるんですよ」
ボソッと呟いた。あーやっちまった。火に油。
何倍にもなって返ってくるぞ。
ネチネチ攻撃に備え、鉄鋼の盾を用意!
ネバネバ系と噂の係長は、口をへの時に曲げたまま、キリンが餌を食べるように口を動かしながら言った。
「そうだよなぁ、色々あるよなぁ」
キリン係長は、目尻を下げた。
「周りの人間に、助けてっていいな? 迷惑とか、カッコ悪いとかつまんないこと気にせずに」
頭をポンポンして去っていった。
不意討ちだ。
そんなもん、ぐっとこないほうがどうかしてる。
お礼ぐらいいいよね? そんな軽い気持ちで、お弁当を作っていったんだっけ。
奥さんに悪いからやめとこうって気持ちがあれば、最初からそんなことしなかった。
だから、そんなどうしようもない私だから、また軽い気持ちで今日お誕生日なんだって、メッセージを送ったっていいよね?
ケーキを持って登場してほしいとか、人目を憚らず抱き締めてほしいとか、そんなことは望んでない。
ただ、誰かに生まれてきてありがとうって、言われたいだけなの。
今、助けてって言えるのは、係長にだけだから。




