ジョセフひとりごと 金
極秘入院ということにしてもらったので、部屋に入ってくる人間は限られている。
漫画の担当の若手イケメンと、キャンベル、そして医者と看護師。
担当は、今日に限って、一か月分のファンレターを持ってきた。
「やっぱりこれに勝る見舞品はないですよね」
ありがた迷惑だ。そんなに爽やかに白い歯を見せられたところで、心にあるつっかえが取れるわけではない。
いつもなら嬉しいファンレターも、プレッシャーとして俺にのしかかってくる。
担当から渡されたファンレターは、戸棚の中にしまう。
「あー! 読まないんですかぁ? 今こそ読みましょうよ! 元気出ますよ」
「横井さんが締め切りの日を伸ばしてくれたら元気が出るよ」
「ははっ俺の身分じゃそんなこと出来ませんよ! 何言ってるんですか」
「今週はかけそうにないって言っといてくれよ」
「今週は人気漫画家の大江さんも病気で休載なんですよ。金井さんまで休んだら雑誌の売り上げがどーんと下がりますよ」
そんなこと知ったこっちゃない。
「頼みますよ! 金井さんと大江さんでもってる雑誌なんですから」
自分でもそれは自負している。
今週の雑誌を買う人たちは、俺の漫画目当てだろう。
うまくいけばば、大江のファンをこちらに取り込むチャンスだ。
だとすれば、余計に力を入れなければならないところだ。
渾身の作品を届けなければならない。
あの金井でも思いつかないようなエピソードを思いついたというのに、それをすべて忘れてしまうなんて。
しかも、記憶を失った上に、俺はもうすぐ緑色になる。
そうすれば、この担当も出禁にしなければならない。
というか、医者や看護婦に見られるのも嫌だ。
変色するまでに退院させてもらわないと。
くっそう。あの薬を飲んで寝ずに思いついた渾身のエピソードを忘れてしまうなんて。
死んでも死にきれない。
色気づいてデートなどしなければよかった。
「あー!」
なんだなんだなんだ?
声を上げた担当の方をみると、彼は俺がしまったファンレターを物色していた。
「どうかした?」
「俺宛にファンレターが来てます!」
ふう。この男が担当になったときからうすうす思っていたが、むかつく奴だ。
驚いた顔で手紙を見せる担当の顔を、無心で見ていた。
「あれ? いつも感想を送ってくれるエリサちゃんから来てないですね」
「なんだって?」
しまった。うろたえているのがバレてしまった。
「ちょっと気になりますね」
たしかに。エリサちゃんがくれる感想は、毎回楽しみにしていた。並の読者じゃ気づかないバックヤードまで気づいてくれて、つたない文章でも、自分の言葉で感動を伝えてくれるので、俺は彼女の感想のファンだった。
「一人で集中したいから、もう出てってくれる?」
そういうと、そそくさと退散していった。本当は漫画に集中する心境ではなかったのだが。
担当と入れ違いで、席を外していたキャンベルが戻ってきた。少し顔が火照っている。
「どうしよう、キャンベル」
やはり自分の女には打ち明けよう。
「どうしたの? ジョセフ」
「続きが、思い出せないんだ」
キャンベルの顔を凝視する。
「そっかぁ」
キャンベルは心ここにあらず、といった様子だった。
意を決して言ったのに、期待外れのリアクションだ。
「ねぇ、何かあった?」
「ううん、何でもない」
これはお仕置きだな。
お仕置きとなれば速やかに行わなければいけない。
「キャンベル、ごまかすんだったら俺の代わりに話の続きを考えて」
「む、無茶言わないでよ!」
体がかゆくなってきた。
指先が、緑色になっている。
手袋は季節外れなのですぐに用意できそうもないので、ナースコールをして、軍手を取ってきてもらった。
「草むしりでもするの?」
キャンベルは不審げに俺を見て言った。
「そうだ。ちょっくら草むしりをしてくるから、漫画、頼んだよ!」
反抗するキャンベルを置いて、おぼつかない足取りで、病院の外に出た。




