山の精のひとりごと 金
これはまだ誰にも話していないのだが、私は太陽が出ている時間帯は、人間の姿になれるんだ。
しかも、私好みのキュートな女の子の姿にね。
私は、山のおかげで、命をみずみずしく輝かせてもらっている。
この山全てが、私の大事な栄養素だ。
お気に入りの動物にパンをあげると、その動物を人間にすることができる。
最初にそのことに気が付いたのは、偶然だった。
朝はパン派なので、毎朝パンを焼いて、お気に入りのバスケットの中に入れるのだ。
ほかの動物たちにも食べさせてあげたくなるので、それを外で出会った動物たちにおすそ分けするのが、幸せだった。
お腹を空かせたタヌキが、野イチゴ畑を荒らしているのを見た時には、悲しい気持ちになった反面、バスケットの中に詰まっているパンを存分に与えなければ、という使命感に駆られた。
タヌキを呼び止め、説教をした。
すると、素直じゃないタヌキは、腹が減っていたからしょうがないじゃないか、と開き直り始めた。
タヌキのふてぶてしい態度を見ていると、先ほどまでの使命感が薄らいでいく。
山の精というのもあり、無類の動物好きだと思っていたが、自分の中でも、あげたくなる動物と、そうじゃない動物がいるらしい。そのタヌキは、後者の方だった。
決めた。このタヌキには何もあげるまい。
しかし、お説教に飽きてきたタヌキは、私のバスケットの中を覗き込んできた。
「お、うまそうなパンじゃねぇか。どうりでいい匂いがすると思った」
そういってパクッとあんぱんを飲むように食べた。
止める隙もなく、唖然とする。
すると、食べ終わったタヌキは、煙に包まれた。
発煙筒が投げ込まれたのか?
と思い、辺りを警戒する。
しかし、タヌキに荒らされた野イチゴ畑が広がっているだけだ。
咳込んだあと、煙の中から現れたのは、男性だった。
ちょっと前のたれ目の総理大臣にそっくりな男性だ。
男性自身、自分の手足を見て驚いていた。
「人間になってる」
「あなた、さっきのタヌキ?」
「ああ」
私は驚いた。
こんなことがあるのか。
それから自分のパンを色んな動物に食べさせた。
シマリスが美青年に変身した時には、ぐっときた。
すぐさまデートを申し込んだ。
どんぐりでイヤリングを作ってプレゼントされた時には、結婚を意識した。
湖を歩きながら初キスをすませると、山には木や花が増え、空気も綺麗になった。
私が恋をすると、山も生命力がみなぎるようだ。
私の使命は、恋をすることなのだと気が付いた。
結婚を意識したシマリスとは、価値観の不一致で三か月後にお別れした。
その後も、横恋慕を経験したり、実らない悲恋を経験し、甘酸っぱい経験を沢山させてもらった。
「いっぱい食べる女の子が好き」
そう真に受けて山に実るフルーツをお腹がちゃぽちゃぽになるまで食べつくすと、胃腸に負担をかけてしまい、デートどころではなくなり振られてしまったこともある。
恋愛をするのが億劫になってきたころ、野兎が、草むらからぴょんと飛び出してきた。
私は魔法のパンを忍ばせているバスケットに手をかけた。
「おいで、野兎さん」
穏やかな口調を心掛けながら手招きする。
野兎はいい走りを見せた。
遠目からでも、足に程よい筋肉がついていることが分かる。
こういった小動物は、まずは自慢の膝の上にのせて手懐けるのが鉄則だ。
野兎はうとうとし始めた。
ここからが計算外だった。
眠り始めた野兎を見ているうちに、自分まで眠くなってきたのだ。
眠っているうちに、日が落ちてしまった。
人から森の精に代わり、森に吹き渡る風の中で、眠り続ける野兎を見守っていた。
すると、シカが野兎を口にくわえて、歩いて行った。
あのシカ、どこかで見覚えがあるぞ。
思い出した、シカの方は私に気があったんだけれども、私がやんわりお断りをした相手だわ。
たしか、スタイルは抜群だったんだけど、お箸の使い方がいまいちだったのよね。
ハラハラしながら見守った。
野兎をどうする気なのかしら。
すると、山道を三十分ぐらい下っていき、秘密基地に居座っている中年女に渡した。
ひどい。あの山姥の夕食にするつもりなのね。
止めたくても、山の精のままでは止めることができない。歯がゆい。
山姥は、野兎をさばくわけでもなく、ずっと背中を撫でていた。
早く、目を覚まして!
あの恐ろしい顔をした山姥に食べられちゃう!
私の心の叫びが通じたのか、野兎は目を覚まして、山姥の元をすり抜けた。
よかった!
心から安堵した。
だが、野兎はハングライダーを見つけて、いつまでもそれを追いかけて行った。
嫌な予感がした。
行ってはダメ。何故かはわからないけど、寒気がした。




