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葛城節子のひとりごと 水

 朝から夜までバイトを頑張っているのだからと言い聞かせていた。

 今日は昼前に寝ぐせのついた髪のまま起きてきたかと思うと、テレビのリモコンのチャンネルを変えてきた。

 フラフープをしながら三分クッキングを見ていた私に断りもなく。

 そんな私が見えていないかのように。


 葛城節子(50)の心のざわつきをよそに、チャンネルを回し、見ごろの番組が何もないと分かると、昼のニュースに時間を合わすことで落ち着いたようだ。

 息子は思い出したかのように、前夜から冷蔵庫で冷やしておいたブラックコーヒーを取り出し、口をつけた。

 ゴクッゴクッといい音を立てながら、一気に飲み干す。いつものように新聞でも読むのかと思いきや、何かを探している。


「何がいるの?」


 と、過保護だと自覚しつつも、聞いてみる。


「紙とペン」


 と、無感情の声で言うので、電話の横にあるペン立てからペンを取り、メモ帳から紙をちぎる手を引っ込めて、主婦の知恵で、チラシの裏を活用するよう勧めた。


 彼は少ししぶっていたが、まぁ下書きっつーことで、とボソボソ言いながら、コーヒーカップを流し台に置いた。


「何か食べる?」


 流し台に置かれたコーヒーカップと、夕べ作っておいた夕食の皿を目の端で確認しながら、聞いてみた。


「いや、いい」


 こっちが気を張っていないと聞こえないような気のない声が返ってくる。

ただでさえ最近耳が遠くなってきたというのに。なぜ私が気を遣わなければいけないのだ。


 思ったところで、口には出さない。

 口にして嫌な雰囲気になるくらいなら、口に出さない方がいい。


 昨日はシフトが遅番だったらしく、日付が回ってから帰ってきた。

 そういうときはたいてい、夕食をテーブルの上に置いてから先に寝ることが多い。


 疲れて帰ってきている息子に、皿を洗ってから寝るように、とまでは言えない。

 いつも次の日の朝、私が洗うようにしている。


 ただ、今日は休み。

 休みの日くらいは、せめて自分で使った食器くらいは自分で洗ってほしい。

 私だって、パートがあるのだ。

 私がいくら疲れて帰ってきたところで、誰も洗ってくれない。

 自分でやるしかない。


 少しでも気分を上げようと、鼻歌を歌っていると、サビに入ろうかというところで、彼に睨まれた。

 静かにしろっということらしい。

 彼はペンを持つ手を止めて、ニュースを見入っていた。


 なんのニュースだ?

 チラッとテレビに視線を移すと、アイドルがグループを卒業すると、アナウンサーがしゃべっていた。

 アイドルのライブ映像が流れた後、ライブに参加し、卒業宣言を聞いて落胆するファンの声まで流れていた。


 ふんっ。

 この小娘が、アンタに何をしてやったというんだいっ。

 毎日ご飯を作ってやって、部屋を掃除してやってるわけでもあるまい。

 アンタが食べた食器を洗うあたしを無下にして、アンタに何をしたわけでもないこの小娘の声を心配そうに見守るなんて、おかしくないかい?

 大事にする優先順位、間違っちゃないかい?


 彼は貧乏ゆすりを始めた。

 ああ。この水の流れる音まで邪魔なんだね。


 水を止めて、トイレに行った。無理やり用事をつくって消えてあげたのだ。


 だが、思いがけず、一人で家事を背負い込むあたしが、たまに小さな復讐をするときがきた。

 残り少なくなったトイレットペーパーを、ぎりぎりのところで残しておくのだ。

 次の利用者に、トイレットペーパーの補充を託すのだ。半ば半強制的に。

 私は行きたくもないトイレに行って少しは報われた気がした。


 みんな、他人になすりつけられる苛立ちを少しは味わえばいいのだ。

 常にそれを味わっている気にもなれ。

 こうやっておすそわけをする気にもなる。


 晴れやかですがすがしい思いで便所を後にした。

 


 


 

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