葛城智子のひとりごと② 木
さて、一寝入りするか。
あくびを一つしたところで、電話が鳴った。
おっと、さっそくか?
腕が鳴るねぇ。
しかし、電話をかけてきた相手は、卵の目撃者ではなかった。
彼はジョセフと名乗った。
「やぁ、ジョセフだけど、暇ならデートでもしない?」
なりきってるね。
一日たっても私がかけた魔法は解けてないみたいね。
でも残念、生憎暇じゃないんだな。
まぁしかし、こうストレートに誘われたらねー。
揺れ動くってもんよ。
「ごめん、今日じゃなくてもいい?」
「今日がいいんだけど。なるべく早い方がいいんだ」
ガツガツ来るのね。そんなタイプには見えなかったけど。
「じゃあ、家デートでもいい?」
なんだか誘っているみたいだ。そういう意味じゃなくってよ?
「え、いいの?」
ほらほら、やっぱり勘違いしてる。男ってバカね。
「言っておくけど、そういう意味じゃないから」
はーい、と小気味いい返事が返ってきた。
住所を教えると、十分後には着くという。
一体どこからかけてきているのか。
喜一は部屋から出てこないし、兄ちゃんは外回りを指示しておいたし、母はパート、父は仕事だ。
おもいっきり堂々とイチャイチャできる。
そうだ。アレを用意しておこう。
冷蔵庫からピーナッツバターを取り出す。
デート中にトイレには行きたくないので、トイレをすましておく。
そんなこんなでチャイムが鳴った。
玄関を開けると昨日ぶりの顔が見えた。
念の為に、屋根の上に座り込む。
喜一にデートを悟られてはいけない。
まだ小学生の弟には刺激が強すぎる。
黙ってピーナッツバターの入った瓶を渡すと、顔をクシャッとして笑った。
「これって、まさか」
「そうよ、あなたの漫画に出てくるあのシーン」
ジョセフが描く漫画で、お気に入りのシーンだ。
決闘した後に、仲直りのピーナッツバターを空き家の屋根の上で一緒に食べるのだ。
人差し指で瓶の中を突っ込んで、ピーナッツバターをぬぐう。
自分の口に入れたり、相手の口に入れたりする。
「くすぐったいんでしょ?」
我慢していたのに、見破られた。
何度かキスをする。
ふわっとピーナッツバターの香りがするのが、胸に焼き付く。
影が出来たので、なんとなく顔を見上げる。
五メートル上を、ハングライダーが通る。
ぎょっとして、抱き寄せるジョセフを突き飛ばしてしまった。
なにするのさ。
そう口が動いて、屋根からするすると滑り落ちていくジョセフ。
ジョセフの体に、私は精一杯、手を伸ばした。