佐竹太郎のひとりごと 木
最近の父さんはどうも怪しい。
漫画ばっかり読むなと言っておいて、最近は漫画ばかり買い与えてくる。
僕が、気づいていないとでも思ってるのか。
子どもを侮るな。
さっきだって、ヒソヒソ声がしてたよね。
父さんが誰かと話してたんでしょ。
どうも、最近父さんにとって僕が一番じゃなくなってる気がする。
事情はよく分からないけど、とにかく、最近の父さんには不満があるのは確かだ。
こうなりゃ僕にできることは一つ、グレるしかないか。
授業妨害でもして、父さんを困らせてやるんだ。
そうすれば、父さんの目も覚めるだろう。
僕は、玄関の鍵がかかる音がした後、リビングに入った。
すると、全身緑色の女の人が、冷蔵庫からショートケーキを取り出しているところだった。
「それ、僕の!」
反射的に言ってしまった。
女は、ハッとした顔で、固まっていた。
この女、僕から父さんを奪った上に、ショートケーキまで奪おうとするなんて。
許せない。
こいつを直ちに家から追い出さなければ。
「誤解しないで。あなたのお父さんは、二つショートケーキを買ってきてくれてたの。あなたの分を食べたわけじゃないわ」
「え? 日本人なの?」
緑の皮膚をしているくせに、日本語を流暢に話すので、驚いた。
「そうよ、あなたは私が怖くないの?」
「怖くなんかないもん! お前は何者だ? 父さんの何を狙ってる? 父さんは色仕掛けに騙されても、僕は騙されないよ?」
「あなたのお父さんに、命を救ってもらったものよ」
親子の間で隠し事はナシだ。
それなのに、人の命を救った話を武勇伝大好きな父さんが話さないはずがない。
「嘘だね! もしかして、僕のお母さん?」
お母さんは、僕を産んだ時に亡くなったと聞いていたけれど、生きていたのかもしれない。
亡くなったことにしなければならない特別な事情があったのかも。
「残念だけど、違うわ。あなたのお父さんに助けてもらってるだけ。あなたが心配するようなことは何もないわ。何もね」
「そんなの信じられるわけないだろ。何でお前の体は緑色なの?」
「緑色になっちゃったのよ。お薬の副作用でね」
聞いたらいけないことだったのかな。影を落としながら話すので、ショートケーキでも食べれば? と、食事を促した。
「寝なくても大丈夫な薬を売ってくれる人を見つけてね、飲んじゃったの。そしたら寝なくても疲れない代わりに、だんだん人にサインを描きたくなる衝動に駆られて、次は指先から何日もかけて、緑色に変色してきたの」
「もう戻らないの?」
「かもね。覚悟はできてる」
「父さんになんとかしてもらえば?」
「あなたのお父さんに、これ以上迷惑はかけられないわ」
意外と奥ゆかしい。そんなところが僕の中にある特別な部分をくすぐってきた。
「じゃあ、僕と友達になる?」
「友達?」
「うん。友達。友達だったら、助けてあげる」
女はしばらく考え込んでいたが、フォークをもう一つ取り出して、渡してきた。
「このケーキ、一緒に食べよう。そうすればもうお友達よ、私たち」
僕たちは一緒にケーキを食べた。イチゴの部分は、女が譲ってくれた。
僕たちは晴れて友達になった。
腹が満たされた女から、事情を聞きだした。
不眠不休でも全く体に支障がでない薬に手を出してしまい、意表を突かれた副作用が出てしまったらしい。
体が指先から徐々に緑色に変色し、妊婦だった女は、普通の子ではなく、卵を産卵したようだ。
そこで自分は哺乳類の枠から外れたことを思い知らされたのだと、悔しさをにじませながら語った。
その話を聞きながら、ピンとくることがあった。
今朝通学途中にもらったチラシを探し出す。
だが、どこにもない。
自分の部屋に戻ってランドセルの中を探してみたが、どこにもなかった。念の為にプリント類に紛れていないか確かめたが、見つからない。
リビングに戻ると、女がショートケーキのゴミくずを持ったまま、ゴミ箱の前で固まっていたので、声をかけた。
「どうかしたの?」
「これ、私が産んだ卵だわ」
えっと思い、ゴミ箱を覗くと、あの卵のイラストがバーンと大きく載ったチラシが入っていた。
「実物よりもビジュアルがいいけど、間違いない」
「盗まれたの?」
「ええ。でも、落としたのかしら? この人たちも、探してるってことよね?」
「僕に任せて? 君が産んだ卵と、君の状態が元通りになる薬を見つけてくるよ」
「ありがとう」
小学生にどこまでできるのか分からない。
でも、友達のためなら頑張れる。
「ところでさ、君の名前、教えてよ」
「私の名前はエリサ。カタカナで、エリサ」
「エリサ。僕の名前は太郎。浦島太郎と同じ太郎」
そこで、電話が鳴った。
出ると、クラスの友達からだった。
今日、葛城のお母さんが秘密基地を占領したらしい。
なんじゃそりゃ。
葛城のお母さんも暇なんだな、なんて思って聞いていたが、話が思わぬ方向に傾いてきた。
明日、秘密基地のメンバーを集めて、葛城の家に集合な。
そう言って、電話を切った。
ちょうどその時、鍵が開く音がした。
そそくさと押入れに戻るエリサの後ろ姿を見ながら、僕たちが友達になったことは、秘密なんだなと悟った。