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佐竹敏郎のひとりごと 木

 学校から帰ってきた息子が、チラシをリビングのテーブルの上に置きっぱなしにしていた。 

 俺はそれをつまみあげて一瞥すると、慌ててそれをくしゃくしゃに丸める。

 周囲を見渡すと、アイツは見ていないようだった。

 よかった。押入れの中で寝ているのかもしれない。

 コレをアイツが見たら、半狂乱になるかもしれない。

 この狭い家で暴れられたら、家が破壊されてしまう。


 息子の悟がゲームカセットを持ってリビングに入ってきた。


「おい、お前、このチラシはどこでもらった?」


 押入れの方をちらちら気にしながら小声で聞いてみる。


「それねぇ、学校行くとき知らないお姉さんにもらったぁ」


 一体何者だろう。ただアイツではなく、卵の方を探しているとのことだった。

 これを作ったやつは、アイツのことは知らないのだろうか。


 ん? まてよ?


 アイツがこのチラシを作ったんじゃなかろうか?


 じろり、と疑いの目を押入れに向ける。

 でも、誰に配ってもらったんだ?

 アイツに身よりらしき人物はいないはず。


 いやいや、別に、誰かに依頼したわけじゃなくて、適当にバラまいて、落ちていたのを拾った人がいるのかもしれない。


 でも、綺麗なお姉さんが拾うか?

 まてまて、俺のそそっかしい部分が出てしまったみたいだな。

 息子はお姉さんとは言ったが、綺麗なお姉さんという形容詞はつけていなかった。


 それに、このチラシは落ちていた形跡がない。


 息子がゲームを始めようとコンセントを繋ぎ始めたので、しっしっとリビングから追い払った。

 アイツがいつ出てくるかもわからないのに、ここでテレビゲームをさせるわけにはいかない。


 息子を、まだアイツには会わせていない。

 息子はまだ小学生だ。

 秘密主義を守れるとは思えない。


 母親はいないので、俺と息子の二人暮らしだったが、わけあって、先日からアイツも加わり、三人で暮らしている。二人暮らしから三人暮らしになったのを知っているのは、俺だけだ。


 昨日喜一君のところのお兄ちゃんが店に来た時は、動揺が顔に出ていないかかなりドキドキした。


「なんかおじさん、いつもと感じが違うね?」


 と言われやしないか随分とヒヤヒヤしたものだ。


 先手を打とうと先に話しかけたが、言われて初めて気が付いたような様子で、拍子抜けした。

 あの様子じゃ、俺のこと認識していなかったのかもしれない。


 今時の若者らしく、話しかけられるのを極力避けているように見えた。


 息子がブツブツ言いながらリビングを出て行った直後、押入れがスッと開いた。


「お腹空いた」


 こんな感じでは、いつ息子にバレてもおかしくない。

 スリリングな生活である。


「ああ、そうだな。何か適当に冷蔵庫から食べていいから。俺はもう仕事に行かなくちゃ」


 もうすぐ午後五時になろうとしていた。


「ありがとう」


 息子の部屋を覗くと、テレビゲームを諦めてマンガに夢中になっていた。

 出産前に路頭に迷っていたアイツを匿ったのはいいものの、いつまでこの神経を尖らせる生活が続くのだろうか。ふう、とため息が漏れる。


 もう一度リビングに戻った。冷蔵庫の中身を物色していたアイツに、声をかける。


「分かってると思うけど」


「うん、子どもに私は刺激的すぎるものね」


「ごめん」


 そんなこと言わせてごめん。出産した卵に触れることなく盗まれてただでさえつらいところなのに。

 本人にとってここにいることが幸せなのかは分からない。

 だが、息子の出産で妻を亡くしている俺は、あの時出産を控えていて独りぼっちだったアイツを、後先考えずに家に連れてきたことを、後悔はしていない。

 

  

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