通行人Aのひとりごと 木
朝は極力声を出さないようにしている。
家族とも必要最低限の会話に留めている。
全ては、学校に着いたとき、または、学校の通学路で友達に会った時、全力で元気に振る舞えるようするためだ。
暗くてつまらない奴。
私は、日々一緒に過ごす仲間たちに、そう思われることが何よりも苦痛なのだ。
まだ高校生の私にとって、あの狭い教室で過ごす世界がすべてだ。
駅で誰かに話しかけられた。
スマホを片手に歩いていた私は、誰か友達かと思い、七十パーセントの笑顔で顔を上げる。
この、七十パーセントというのが肝だ。百パーセントの笑顔というのはどこか嘘くさく、輝きが押しつけがましく同性の女子にはいらない感情を与えてしまう。
かといって、五十パーセントの笑顔だと、話しかけてよかったかな、と相手を悩ませ、今度から話しかけてもらえる確率が下がってしまう。
この間の笑顔だと、話しかけてよかった、と相手に思わせ、笑顔すぎてひかれることなく、イラッとさせることもなく、気軽に近づいていけるような存在になりやすいのだ。
これまでの経験で編み出した七十パーセントの笑顔で顔を上げると、友達ではなく、知らない女の人だった。ふう、無駄な労力を使ってしまった。
「探しているんですけど、見なかったですか?」
深刻な表情を浮かべ、ビラを差し出す。家族が行方不明なのだろうか。
ビラを受け取ると、大きな卵が載っていた。
え? 行方不明って、これ?
言葉が出なかった。
美味しそうな卵ですね、と言いそうになるが、ぐっとこらえる。
「見てませんね」
すると、女は私の答えが不満だったようで、
「そこを何とか!」
と無茶を言ってきた。
自分の力でどうにかなる問題ではない。
力は出し切った。そのうえでの「見てませんね」だ。
「見てないものは見てませんね」
学校では出さないような低い声を出す。
「A子ちゃん?」
ちょうど、クラスの女の子に見られてしまった。
A子、絶体絶命のピンチ!
「そうかなと思って近づいたけど、今の声聞いてびっくりしちゃった」
やばい、どうしよ。
「A子ちゃんってクールビューティーだったんだね」
クールビューティー?
クラス一の天然ちゃんはそう解釈してくれたらしい。
クールビューティーか、悪くないね。
「実はね」
「それ、何のチラシ?」
「ああ、これね、これはね、少年よ、これを受け取りなさい?」
駅の階段を下りた時、下道を歩いていた小学生の男の子に、渡した。
男の子は、目をきょとんとしていたが、「ありがとう」と言って朝刊に目を通すサラリーマンのように、チラシの隅々まで読んでいた。
「女王様キャラだったの?」
「それは、行き過ぎ」
思わず突っ込む。
「そっか、なんか今日のA子ちゃん、しゃべりやすいな」
さりげなく言ってくれた友人の言葉が、胸に刺さった。
たまには、七十パーセント本当の自分で、過ごしてみるのもいいかもな。
その瞬間、頭が少し軽くなった。