『皇帝』制作、材料選定
「さて弓佳ちゃん。モノを作り始める時に一番初めにする事って何だと思う? もちろん設計は終わってるとすると」
風見さんが東藤さんと機体の制御について話し合っている間、さっそく僕と弓佳ちゃんは機体作りを始める事にした。そして今僕達がいるのはこの間アリシアさんと会った『街』だ。息の詰まるような人ごみのはずなのに、不思議と暑苦しくないのはゲームだからなのか、それとも横に弓佳ちゃんがいるからなのか。
にぎやかな喧噪を背に、弓佳ちゃんは僕の質問に対して首を傾げる。
「え? 材料集めじゃないの? 『桜改』の時もそうじゃなかった?」
「残念。それよりも先にすることがあるんだよ」
「え。なに? うーんと、、、」
材料集め。勿論それもしなければならない事の一つだ。僕がBWの大会で集めた希少材料と自らの手で集めた主要となる材料、この二つを用いて『素材』を作る。そしてその『素材』を用いて『部品』を作るんだけど……。
今回僕たちは『素材』を買うことにしたから、その工程はそこまで重要じゃない。そこで僕たちが今からすることは。
「正解は『情報』集めだよ弓佳ちゃん」
「情報?」
「うん。僕たちはただ『材料』を買えばいいと言う訳ではないんだ」
「そーなの?」
「うん。時期によって、例えばBWの大会が近い時なんてのは物凄い材料の値段が上がったりするんだ。ちょっと買うくらいならいいけど、僕らは何十トン単位での買い物になるからね。なるべく安く買いたい」
「はー。なるほど。だからアリシアさんのところ行くんだね!」
「そうだね。それにもしかすると、別のいい材料があるかもしれないし、ひょっとすると同等の性能の材料を自作出来るかも知れない」
僕がそこまで言うと、関心したように弓佳ちゃんが頷いた。やっぱり制作過程に弓佳ちゃんを連れてきて正解だ。この子、現状を全く知らないから簡単に滅茶苦茶な要求を吹っ掛けることが出来るんだ。
全く、出資者は無理難題をおっしゃる。とはよく言ったものだよ。出資してるのは僕だけど。
そうして弓佳ちゃんに現状を教えなから歩くこと約五分。
しばらくすると、店頭に銃器が並んだ白石の繁盛店が見えてきた。いつ見ても客が入っているその様子は楽しそうに商売をする彼女に似合っているような気がした。
「おぉー! ふぇありーさんじゃないですか! 『風見鶏騎士団』に勝ったそうですね! おめでとうございます」
と、元気よく声をかけてくれたのは『未来の武器やさん』店長のアリシアさんだ。
仮想アバターを使うことが出来ないこの世界なのにも関わらず、彼女は光を受けて輝く赤毛を揺らしながら僕に近づいてきた。
それにしても一体どこから僕が勝ったという情報を手に入れたんだろう? この胡散臭い赤毛もそうだし、この人はRWのシステムに干渉してるんじゃないのかというのがもっぱらの噂だ。
「ありがとう! どうして知っているのかは聞かないようにするよ!」
「その方が助かりますー。で? 本日はどんな要件です? 勝利の報告ですか?」
チラリと弓佳ちゃんの方を見て、気にすることなく笑顔を僕に向け続けるアリシアさん。なんだか気を使われているような気がする。
違うってば! この子はNPCじゃないよ!
と、内心アリシアさんに微かな苛立ちを覚えつつ僕は口を開いた。
「キリーチカ製の『RW強化セラミック複合合金』を買いたいんだけと、どうかな?」
「キリーチカ製……というと素材屋の? また何でそんな商品を? ……あ! そういえばふぇありーさん創造員になったと言ってましたね!」
「うん。そうだよ」
「なるほどなるほど。で、一体何を作るんてすか?」
アリシアさんはエプソンからタブレットを取りだし、操作を始めつつ僕にそう問いかける。
もうこの流れはもはやテンプレートだ。僕はチラリと弓佳ちゃんを伺うと、颯爽と彼女は僕の前に出た。
「よくぞ聞いてくれました! 戦場を駆ける漆黒の稲妻! 放つ一撃は山をも穿ち、重厚な装甲は全てを阻む。悠久に渡って歴史に名を刻む機体。その名も『悠久機』!」
自信に満ち溢れた弓佳ちゃんとは対照的に凍りつく空気。うん。まぁ風見さんもおんなじような顔をしていたよ。その呆れたような何とも言えない表情を見ていると、僕は心から自信をなくしてしまう。
「……?」
困ったように首を傾げるアリシアさん。
うんうん。その反応は最もだ。弓佳ちゃんの説明はもはや説明として成り立っていない。
「よ、ようは人型ロボットだよ。ロボットアニメとかでもよく見るでしょ?」
と、僕が補足するとアリシアさんはポンと手を叩き大袈裟に頷いた。
「あ……あぁ! またまた果てしない事をしてるんですねー。一人で」
「いや一人じゃないよ!? 前も言ったけどこの子はNPCじゃないからね?」
「はっはっはー。そうですねー。で? 『RW強化セラミック複合合金』の事が知りたいんですよね?」
「……うん」
相変わらず悟ったような笑顔で僕を哀れむアリシアさん。
もうこうなったら弓佳ちゃんに自分で証明してもらうしか手はないんだけど、弓佳ちゃんはNPCを知らないからなー。まだまだ誤解を解くのは先になりそうだ。
「はい。これが『RW強化セラミック複合合金』の特長です。この時期だったら特に大会もないですし、安く買い叩けるんじゃないですかー?」
と、タブレットをこちらに見せつつ白い歯を見せるアリシアさん。それを僕と弓佳ちゃんが覗き込む。
「ねぇふぇありー」
「うん?」
「今更だけど『RW強化セラミック複合合金』って何なの?」
弓佳ちゃんがタブレットを指で弾きつつ僕に問いかけた。
僕は『桜改』の時に調べた知識を手繰りながら口を開く。
「硬さと強靭さ兼ね備えた素材の事だよ。靭り強さってとこかな」
「……? 同じじゃないの?」
「ううん違うよ。例えばダイアモンドってあるでしょ? あれは硬さは大きいけど強靭さが小さい物質だよ。ダイアモンドは硬いけれど、硬すぎるから衝撃に弱いんだ。実際ハンマーで叩くと簡単に砕けちゃうしね」
「ほー。じゃあ『RW強化セラミック複合合金』って丈夫なんだね!」
「ただこのデータを見る限りだと、やっぱり金属材料のほうが靭性は大きいけどね。あと急冷や急熱にも弱そうなんだよなー」
RWで作ることの出来る材料は加工方法の違いから現実で作れる材料と作れない材料の二つに別れる。この『RW強化セラミック複合材料』は正しく後者に分類され、そういった材料は少々特殊な性質を待つ。
もちろん逆もまた然りで、RWでは作れないけれど現実では作れる材料も存在する。
だけどまぁどこで作られたにしても結局、金属材料にせよ、セラミックにせよ、お互いにメリットもデメリットもあるってことだ。だけど、その辺の兼ね合いの考慮は僕の仕事じゃない。僕は言われた通りに動くだけだ。
「ありがとうアリシアさん。この値段なら問題なさそうだよ」
「わかりました。ではいつものように取り寄せて、ふぇありーさんのRWに送ればいいですか?」
「うん。200トン程お願い」
「はい、わかりましたー。……って200トン!? いくら何でも頼みすぎじゃないですか!? ルフス鋼が200キロは必要ですよ!?」
僕の注文量を聞いて愕然と目を丸くするアリシアさん。創造員の発注量は戦闘員に比べて大きくなるのは普通だが、それは量産体制が整ってからのこと。僕のように試作品でこれ程大量に頼むのは意味不明にも程があるということだろう。
ちなみにルフス鋼というのは『対人硬貨』と呼ばれる希少素材の事で、正式名称は『ルービウム金属』という。現実世界でいうダイアモンドだと思ってもらえればいい。
本来は超強度が必要な物を製作するために導入された素材なんだけど、こいつはBWの賞品でしか手に入れる事は出来ないため、異常な価値を誇っている。
この世界にも『ルフス』と呼ばれる通常のお金はあるんだけど、出没するモンスターを倒しても手に入るし、NPCとの物々交換でも手に入るしで、あっという間にインフレを引き起こして価値が大暴落している。
お陰で対人はお金として役に立たず、専ら『ルービウム金属』、通称『ルフス鋼』がその役割を取って代わったのだ。
究極これを『悠久機』の素材に使えばなんとかなるような気がしなくもないけれど、如何せん価値が高すぎるため使用は不可能に近い。流石に200トンもの『ルフス鋼』は持ち合わせていないし、量産を見据えると『ルフス鋼』の使用なんてとてもじゃないけど出来ない。
「ま、まぁ私はいいんですけどね儲かりますから。いやほんとに太客ですよふぇありーさんは」
「あはは」
「これからもご贔屓にお願いしますね?」
「う、うん」
両の手を擦り合わせて上目使いで僕を見つめるアリシアさん。このあざとさには舌を巻くばかりだけど、コミュニケーション能力に障害がある僕にとっては十二分の破壊力を持った可愛さだ。
僕は顔が熱を持つのを感じつつ、アリシアさんから目を反らす。
「あはは! ふぇありーさんは可愛いですねぇ。で? 要件は他に有りますか?」
「え? いやっ! えーっと……」
快活な笑顔を僕に向けつつ、アリシアさんは人差し指で僕の胸をトンと押した。やめてください照れます。
あ。そうそう。聞きたいことがあったんだ。
「ねぇアリシアさん。最近なんだかログアウトしにくいんだけど、何か知ってる? これって僕だけなのかな?」
最近の僕の悩みでもある。ログアウトボタンだか異常に効きが悪いのだ。他は快調に動いてくれるのに、まるで僕にログアウトしてほしくないかのように、何度も押してやっと動いてくれる。
「……ログアウトしにくい、ですか? うーん、そうですねぇ」
「うん。いろいろ調べてみたけど、公式から発表はないし、特に他の人の話題に上がっている様子もないし、一体何なんだろ」
不安って程でもないが、もしログアウト出来なくなったら僕はどうなるんだろう。このRWの中で餓死するのかな。
「うーん。わからないですねぇ。あ、ふぇありーさんのチート疑惑が実は本当だったとか?」
「やめてよ! そんなんじゃないよ!」
「あはは、冗談ですって。すいません。私にはわかりません」
困ったようにアリシアさんは肩をすくめ、小さな笑顔を溢した。
感想欄でも話が出ましたが、本物のリアルロボット『クラタス』の決闘が決まったそうですね。
なんとも嬉しい限りなのですが、その動画の初めに『もっとカッコよく作れよ』と仰っているのが私的にはとても嬉しかったです。
やはり人型はカッコよさが大事ですよ。と、いいつつもパイロット同士の意思のぶつかり合いも大好きなんですが笑。