風見風子に物理法則を適用したら一体どうなるのだろうか
私はパパが大好きだった。いや、今でも好きだ。
だってパパは私を認めてくれる唯一の人間だったから。私という個性を、能力を誉めてくれるのはいつだってパパだけなのだから。
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「パパー! 見てみて! 私、こんな綺麗にお絵かきできたよ!」
「うわ。本当だ。風子は世界一の画家になれるな!」
「えへへー? そう?」
パパはいつだって誉めてくれた。だから私は嬉しくて嬉しくて。パパの前ではお兄ちゃんの凄さを気にしないでいられた。
パパは優しく私の頭を撫でる。これはパパの癖だ。優しさに満ち溢れたそれは、いつも私を励ましてくれた。
「ママは僕の絵の方が上手って言ってたもん! 風子なんてダメだよ!」
と、お兄ちゃんが私に絵を見せてくる。確かにその絵は幼かった私の目から見てもとっても上手で、私のとは比べ物にならないことはわかってた。それでも、それでもパパは私を優しく認めてくれた。
「確かに風太も上手だなー。はっはっは、俺は天才の画家を二人も授かってしまった!」
「僕の方がうまいもんー!」
「ち、違うよ私だよ!」
そしてまた、パパは私達二人の頭を力強く、でも優しく撫でたのだった。
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「風子。絶対にお母さんを悲しませちゃいけないよ。これは約束だ。どんな時もママを支えてあげるんだよ」
「うん! まかせて! 私はパパもママも喜ばせるんだから!」
パパはいつも繰り返しそう言っていた。そして私は毎回そう答えていた。幼い私は、どうしてパパがそんな風に言うのかわからなかった。
ママはずっとお兄ちゃんにかかりっきりだし、私としてはママよりパパの方がずっと好きだったから、パパを幸せにしたかった。
「あっはっは! やっぱり風子は最高にいい子だ! 頼むぞ?」
「ちょっとあなた。風子を甘やかしすぎですよ? 小学校の成績だって、風太に比べると全然ダメなんですから」
「それは……」
「風子だって頑張ってるもんなー! それに風子は世界一かわいいんだから、成績なんて適当に頑張ればいいんだよ」
「えへへ……」
「もうっ、あなた!」
パパはいつだって誉めてくれた。いつだって認めてくれた。私はそれが嬉しくて。やっぱりパパの為に頑張ろうって思った。
「でも風子はパパと『約束』したもんな? それは守ってくれるんだろ?」
「うん! まかせてパパ! ママ! 私、ママの為に勉強も頑張るよ! お兄ちゃんなんて簡単に勝ってみせるよ!」
ママは呆れたようにため息をついていたけれど、パパはニコリと豪快に笑顔を見せた。
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だけどそんな約束も虚しく、兄との差は年齢を重ねる毎に開くばかりだった。兄は全国的にも最高峰の中学校を受験し、見事合格。ママはその時は本当に嬉しそうで、他でもないパパも誇らしそうにしていた。
もちろん私だって頑張った。全てはパパとの『約束』を果たすため。がむしゃらに勉強して、勉強して、小学校ではトップクラスの成績を維持した。でもどれだけ頑張っても決して一位にはなれなかったから、結局ママを失望させていた。
「……パパ。ごめんなさい、また一位、とれなかった」
「なんで謝る? お前はよく頑張った。偉いぞ」
そしてパパはまた私の頭を優しく撫でる。だけどその手にはいままでの力強さは含まれていなくて。
病床に伏すパパは、自分だって辛いはずなのに、それを感じさせない笑顔をいつも見せてくれた。
パパは重い病気だった。もともと強くなかった体が、ここ数年で一気に悪化したらしい。
いつから病に犯されていたのか細かいことは私は知らない。気が付いたときにはパパは病院に通うようになり、そして度々入退院を繰り返すようになっていた。
「……パパ! 私、もっと頑張るから! 『約束』、守るから、ずっと元気でいてね!」
「なはははは。そうだな、風子がそれだけ頑張ってるんだから、パパも頑張らないとな」
いつも私は口だけだった。それは今も昔も変わっていない。
口では頑張る、とは言ってるけど、結果が伴わないただのグズ。
兄とは違う、生まれ持った差、を実感するにはもうその時は十分に年を重ねていたはずだけど、私はまだその事実に目を瞑り続けていた。いや、その時と言わず今もかも知れないけど。
だってその事実に目を向けてしまうと、パパとの『約束』を守ることができなくなるから。
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さらに数年後。
私は結局、そこそこの私立中学に進学した。兄の通う難関私立なんてかすりもしなかった。
兄はもうその頃には勉強意外の分野でもその頭角を現していて、その身内の私から見てもかっこいいルックスも合わせて学校ではファンクラブもあるらしかった。
私も兄の真似をして、いや、兄に一つでも勝てるものがないかと様々なことに挑戦したけど、結局何一つとして勝つことはできなかった。
その頃はもう、兄の後を追う、なんて不可能のように思えていた。でも、それじゃあパパとの『約束』を果たすことができない。何一つ兄に勝てないんじゃママは満足しないし、結果的にもうほとんど話すこともできないパパをも失望させてしまう。
「……風子も頑張りなさいね。パパも期待してるわよ」
「……うん」
「……何を言う。風子は頑張っているよ」
「父さん! あまり無理をしないで!」
パパは辛そうにしながらも、右手だけを上げて私の頭を愛しそうに撫でる。弱々しいその手つきは、パパの死期が近いことを私に悟らせるには十分だった。
早くしないと、早く兄に勝たないと、パパとの『約束』が果たせなくなってしまう。
でも神様は非情だった。高校生になった兄はさらにとんでもない人間になっていた。スポーツではインターハイに出場し、全国模試では全国一位というまるで漫画のような人物だった。
ママは幸せそうだったけど、私の方を見ては少し悲しそうな顔をしていたのは覚えている。
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そして、私は特にこれと言った結果を残せないまま高校進学が決まった。県下一の進学校、と言えば聞こえはいいけれど、兄に比べればどうってことはない普通の高校。
でも、その合格を一番に知らせたかった人はもうこの世にいなかった。
パパは亡くなった。私が合格を掴みとったその日に亡くなった。
その時の私は本当に取り乱していたと思うけど、あんまり覚えていない。ただまるで半身をもがれたような痛みが半永久的に続いていたことしか記憶にはない。
パパのお葬式の時、ママからパパの手紙を受け取ったけれど、それは今でも見れていない。
きっと、その手紙にはパパの優しさが詰まっている。だけど、大好きなパパの『約束』の一つも果たせなかった自分は、その優しさを享受してはいけないような気がしていた。
そこから、脱け殻のような日々を過ごした。『約束』を果たそうと兄に勝てるものはないかと探し、絶望し、また探しては絶望する。そんな日々が続いていた。
そのいつ終わるとも知れない喪失感の中、他でもない兄が私をVRゲーム『Real World』に誘ってきた。今や世界的に『ゲーム』以上のものになろうとしている分野で世界で一番になろうって言ってきたの。その『一番』という言葉に引かれて、私はなすがままに副団長として参加した。
兄はやはりそこでも凄かった。あっという間に『風見鶏騎士団』を立ち上げ、一大チームとしてその名を全国に知らしめていった。
もちろん私もパパとの約束を守るために頑張りはしたけど、でも何かが違った。
私は常に『風見風太(くそ兄貴)』の下で、彼が登り詰めて行くのを横から眺めているだけだった。それは、決して『約束』を果たしているとは言えなくて。
そんな時、『閃光の妖精』の名前を聞いた。
たった一人で、誰の支援も受けず、戦場を駆け巡る一人の戦闘員。漠然とだけど、彼みたいな人なら兄に勝てるんじゃないかな、と少し羨んだ。
『風見レオパルド』を設計、試作を終えたときは誇らしかったのは記憶に新しい。『風見鶏騎士団』を世界に轟くチームにするために、一から戦車についても勉強したし、設計方法も学んだ。
でも、私が作った『風見レオパルド』も他でもない兄の手によって、私が鼻を明かそうとした兄の手によって改良されてしまったのよね。
兄が手掛けた戦車は私の試作品を踏まえて、改良、改造を施し、低コストでかつハイスペックな『風見レオパルド』を作り上げていた。
その完成品を見たときの私の絶望感は凄まじかった。
結局、私は兄の踏み台が相応しい人物で、彼に私が勝てる要素は何もないんだってわかった瞬間だった。
そんな中、『閃光の妖精』が突然私にぶつかってきた。
あれは私が学校に行く途中の話。なんの前触れもなく、突然彼は私にぶつかってきて、そして勝手に倒れた。
気の弱そうな少年が、困ったようにしながらあたふたしていたのを覚えている。
あ、この子は確か変な名前の人だ。って思った。
入学したての頃、変な名前の人がいるってクラスで話題になっていたことも今となってはいい思い出だ。ふぇありーに言ってあげたほうがいいかな。
だからなんとなく尋ねてみたの。貴方はあの『閃光の妖精』なんじゃないかって。
そしたらなんと。彼がその私にとっての英雄である『閃光の妖精』本人だった。
ある種、憧れの彼が、まさか本当に同じ高校の同じ学年だったなんて。私は嬉しかった。彼の力を借りれば、兄を打ち負かせて『約束』を果たせると思ったから。
だから勝負を挑んだ。ちょうど弓佳に挑発されたし、それに乗っかるように『閃光の妖精』に戦いを挑んだ。
結果的に負けることになってしまったけど、それはそれで構わなかった。最終的にこの人の力を借りて、兄に勝負を挑めばいいとさえ思うようになっていた。
でも実際、こうやって兄との決戦を目の前にしてしまうと、これまでの経験が甦ってくる。何をしても、どんなことをしても私は勝つことはできない。そんな思いが胸の中を過る。
そう思うと、不安でいてもたってもいられなかった。
でもそのふぇありーは私が凄い人だと言ってくれた。私は口先だけの人間だと言っても、それでも私を認めてくれた。
例えそれが上辺だけの言葉だったとしても、私は嬉しかった。ふぇありーもジャンルは違えど、兄と同系統の人間だ。そんな彼に凄いと思ってもらえていることは、本当に嬉しかった。
だから、もう一度頑張ってみようと思う。
私の作ったポンコツ兵器でも、天才の兄が手掛けたものを打ち破れるってことを証明してみせる。そして、今度こそパパの墓前で、『兄に勝ったよ』って証明してみせるの。
風見さん過去編でした。少し重い話です。
え? この作品のテーマ? ふぇありーを苦しめることです笑
冗談はさておき、もうすぐ『悠久機』が暴れまわる予定です。
読んでくれて、ありがとうございます。




