悠久機の歩行について
「歩けるよ! バカにしてるでしょ!」
と、怒ったように否定するのは弓佳ちゃん。しかし、それに対して当の東藤さんは苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。
あれ? そういえば『桜』にせよ『桜改』にせよ、一度も歩行実験をしたことがない。よく考えれば何でいきなり飛行なんて真似をしたんだろう?
普通に考えれば歩行が先じゃないの?
「ねぇどうなのよ東藤? できるの? できないでしょ?」
「……プ、推進剤をうまく使えばあるいは……」
と、何とも歯切れの悪い返事。え? 『桜改』って歩けないの? 嘘でしょ? 飛ぶことは出来るのに?
僕と弓佳ちゃんが困ったように首を傾げていると、風見さんが呆れたように大きなため息をついた。そして手錠をかちゃり、と鳴らしながら椅子から立ち上がり、『桜改』が映っているモニターの前に立った。
「まず一つ。このロボットの規格から考えるに、足裏の面積は大きめに見積もっても片足当り2平方メートルと言った所でしょ? 簡単に圧力を人間大にしたらならば、身長180センチに体重1240キロよ。そんなのが歩けると思う? ていうかそもそも膝が耐えられないわ」
ポカーンと風見さんを見つめる僕と弓佳ちゃん。え。風見さん何が言いたいんだ? 『桜改』はデブだとでも言いたいのか?
「ねぇ。どうなの東藤。まさか貴女がそんなことも考慮に入れずに設計したなんてあり得ないわよねぇ?」
「……」
「ねぇ? ねぇ?」
風見さんは困ったように下を向く東藤さんに詰め寄りながら問いただしている。どことなく風見さんが嬉しそうなのは何でだろう。
そして、ついに風見さんのプレッシャーに耐えきれなくなったのか、東藤さんは下を向いたまま吐き出すように答えた。
「……知りませんでした」
「えっ?」
「ですから! 知りませんでしたって言ったんですよ! そんなの設計するまで気付くわけないじゃないですか! アニメとかだとあんなにスイスイ動くんですよ? それがまさかこれほど重いなんて……。ていうかアニメのロボが軽すぎるんですよ。設定によると密度が水より小さい機体とかありますからね!? なんで武装をあれだけ積んでるのにあんなに軽いんですか!」
怒涛の勢いで捲し立てる東藤さん。彼女らしくないくらい取り乱している。顔を赤くして、白い肌がまるで桃のように染まっていた。目元にはうっすらと涙が浮かんでいて、何と言うか本当に悔しそうだ。
ていうか意外とこの人こういう所があるよね。もしかしたらこっちが素なのかなぁ。負けず嫌い系クールビューティー的な。
「ふっふふーん。勉強は出来ても意外とおバカさんなのねー」
「なっ……! ふ、ふんっ! そのおバカさんの作った機体に完膚なきまでに叩きのめされたポンコツ戦車を設計したのは誰でしたっけ?」
「はぁ!? あんなの閃光の妖精のおかげでしょうが!」
「え? 負け惜しみですか?」
「はぁ!?」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて……」
僕は目の前で火花を散らす二人に対して間に割って入った。
二人からのプレッシャーが半端じゃない。どっちもこんなに可愛らしいのに何でこんなに怖いんだろうか。
僕が間に入った事なんてまるで気にした様子もなく二人はにらみ合いを続けている。
そして、その様子を達観して見ていた弓佳ちゃんが大袈裟に膝を手で叩き、口を開いた。
「あいわかった! そこまで言うなら風子ちゃん。新しい『悠久機』の外形設計をしてきて。かっこよくて強いやつ」
「はぁ!? 何で私が……」
「え? だって風子ちゃんあたし達に負けたでしょ? 約束は?」
「ぐっ……。ま、負けてないもん! あんなの認めないわ!」
「いやいや、『殲滅戦』って条件を提示したのはそっちでしょ? そしてルールの上では私たちの勝ち。それでも負けを認めないなんて見苦しいよ?」
「そ、それはそうだけど……」
「じゃあ決定だね! 細かい条件等は後で送付するし、三日以内に設計してね?」
「三日!? いや三日は無理よ! せめて五日はくれないと……」
「じゃあ五日でいいよ。じゃあ五日後、設計図を持ってここに集合ね」
「え? いや、やるなんてまだ一言も……」
「じゃあ期待してる。頑張ってね風子ちゃん!」
「え? ちょ、待ちなさいよ!」
と、半ば強引に弓佳ちゃんが締めくくった後、風見さんは光に包まれて消え去って行った。どうやら弓佳ちゃんが強制退去させたみたいだ。
「やってきてくれるかなぁ?」
「してきてくれると思うよ? 約束は約束だし、あの子の事だから逆にこの状況を上手く利用しようと考えるんじゃないかな? まぁしてこなかったらそのときは別の手を考えるから!」
ふふん。と、弓佳ちゃんは嬉しそうに鼻を鳴らすと、東藤さんに向かってゆっくりと歩いていく。その表情には笑顔が溢れていて、安心感とこれからの期待に満ち溢れているような顔だ。
そして弓佳ちゃんは若干ふて腐れぎみの東藤さんのほっぺを指でつついた。
「あれ? 感情を処理出来ない人間はゴミじゃなかったっけ?」
「……すいません。その、弓佳さんの期待に沿えなくて……」
辛そうに頭を垂れる東藤さん。溢れんばかりの弓佳ちゃんの笑顔とは対照的だ。
別に気にしなくてもいいと思うけどなぁ。そんな簡単に人型ロボットなんて出来るわけないし、そもそもあれだけの部品の設計図を描いただけでも本当にスゴいもん。
あ、そうか。だからこの人は『桜改』を飛ばそうなんて考えたのか。『桜』にせよ『桜改』にせよ多大な費用と時間、そして弓佳ちゃんの大きな期待もかかっていたんだ。
多分、東藤さんは僕と弓香ちゃんは失望されたくなかったんだろう。だから大きな『夢』の一つである飛行を無理やりにでも実現しようとしたんだ。
根本的に不可能な事を実現しようとしているんだ。別に出来なくったって、上手くいかなかったって、気にする必要なんてないのに。
そして、僕と同じ気持ちであろう弓佳ちゃんが、不思議そうに首を傾げる。
「え? 何が?」
と、弓佳ちゃんが困ったように口にすると、東藤さんは下を向いたままビクリと肩を震わせた。
「『悠久機』ですよ。実は歩けないってこと、ずっと黙っていて……。あの、その……」
「ふっふーん。なら、次の目標は歩行だね!」
気を落とした様子の東藤さんの肩をポン、と叩きながら弓佳ちゃんはまたしても笑顔を見せた。そして東藤さんは感極まったような潤んだ瞳で弓佳ちゃんを見つめ、いきなり彼女を抱き締めた。
「うわっ! どうしたの東藤!?」
「ふぇぇーん。ごめんなさい弓佳さーん。次はもっと頑張りますぅ!」
これが……! これがカリスマってやつか! あのクールな東藤さんが弓佳ちゃんの胸に顔を埋めて謝っているなんて!
ぼ、僕も弓佳ちゃん程のカリスマがあれば、東藤さんに抱き締められて……。
そして困惑したような様子の弓佳ちゃんは僕をチラリと見て困ったような笑顔を見せた。
ーーーーーー
「信じられないわ……! 何よこれ!」
次の日、学校でいつものように隅っこで一人お昼ご飯を食べていると、顔を真っ赤にした風見さんが僕の教室まで怒鳴り混んできた。
もちろん驚いたのは僕だけでない。クラスの皆が教室の入り口、すなわち風見さんの方を向いて何事かと噂話を始めた。
そんな教室の雰囲気を見て、彼女は少し恥ずかしそうに咳払いをしたのち、ズカズカと僕の机の近くまで歩いてきた。
「ふぇありー! これはどういう事よ!」
「……ど、ど、どうしたの!?」
風見さんは空いている僕の隣の席に座り、手に持っているタブレットを僕に突き付けてきた。
そこには『桜改』の設計図らしきデータが表示されており、風見さんのメモっぽい書き込みがところ狭しと並んでいた。
「『桜改』の設計図? それがどうしたの?」
「どうしたの? じゃないでしょ? 貴方達本当にこれを作ったの? 三人で? 他に人はいないの?」
「え? うん。風見さんも見たよね?」
「はぁ!? あんた一体どうやってこれだけの資材を集めたのよ!? 計算してみたけど、『桜改』だけで『風見レオパルド』が30台は作れるわよ!?」
全く信じられないようで、風見さんは僕の顔を訝しげに眺めてくる。本当なんだけどなぁ。
ていうかクラスの視線が痛い。教室にほとんど友達のいない(一人もいませんすいません見栄を張りました)僕が、学校でも有名な完璧美少女風見さんとお昼を共にしているという事実がにわかには信じられないみたい。
うんそうだよねぇ。僕も信じられないもん。
「ほ、本当だって! ほら! 僕昔BWの大会とかにたくさん出たからさぁ、その時の資材が余ってるんだよ。みんなチームで出てたけど、僕だけ一人プレイヤーだったから、賞品で貰える資材も30人分だったりしたし……」
そこまで言うと、今度は悔しそうに下唇を噛む風見さん。ひ、表情豊かだなぁこの人。
「あなたを引き抜けなかったのが本当に残念よ……」
「……あはは。ありがとう」
「まぁいいわ。次の質問なんだけど、この機体の操縦方法って……」
「そ、そういうのは僕より東藤さんに聞いたほうがいいと思うよ?」
「いやよ。設計図だけじゃわからないなんて思われたくないじゃない」
吐き捨てるように言う風見さん。そんな風にライバル視しなくてもいいと思うけどなぁ。まぁ首席は東藤さんで次席は風見さんだし、この人はこの人なりに思うところがあるのだろうか。
「で、操作方法なんだけど、これってどういう構造なの? 二つのレバーで人型をどうやって動かしてるの?」
「基本的には東藤さんの自動制御で操作は簡略化されてるんだけど、手動で複雑に動かしたいときにはレバーについているボタンを押しながら動かすんだ」
「は? どのボタンよ? いっぱい付いてるじゃない」
「え? 全部使うよ?」
操縦幹には片方5個ずつ、計10個のボタンがある。機体を動かしたければ全てのボタンを駆使して操作するのだ。
「は?」
「いや、だから、ボタンの押し方は1024通りあるでしょ?」
「押し方?」
「うん。両手の指を上手く使えば2の10乗通り、すなわち1024通りのスイッチの入り方があるからね! それ一つ一つの型を暗記して、上手にレバーを動かせば機体の制御が出きるよ!」
「……つまり?」
「つまりボタンが1024個あるコントローラーを操作してると思えばいいよ! あるボタンを押せば右肩が動いて、またあるボタンを押せば左肩が動く。みたいなパターンを1024個覚えるんだ」
僕がそこまで言うと、またもや怪訝な顔をする風見さん。あれ? 何か変なこと言ったかな? もしかして間違ってる?
「い、一応足元のペダルを踏み込めば、2パターン同時に動かすことが出来るから、もう少し複雑な動きは出来るけど、僕の技術じゃまだ無理かなぁ。今だけでも頭パンクしそうになってるし」
「いや普通は1024通りも覚えられないわよ……」
と、風見さんは呆れたように溜め息をついた。
最終的には東藤さん曰く三パターン同時に動かしたい、すなわち1024コントローラー三つ分で操作したいそうだけど、何となくそれを言うと更に呆れられそうだからやめとこう。
「あー。わかったわ。そうね。そもそも野良でチームに勝つような化け物ですもんね貴方は。そういえば私の自慢の戦車も単機で破壊されたのを忘れてたわ」
「あ、あははは」
そうして風見さんはタブレットを操作してページを捲る。その時に顔を隠すように垂れてきた髪の毛をかきあげて耳にかけたんだけど、その姿が素敵すぎて鼻血出そうです。
「そうそう。貴方の所のキャプテンだっけ? あの子ってバカなの?」
「失礼な! あの子はバカじゃない! アホなんだよ! ポンコツなんだよ! でもスゴいんだよ!」
「何が違うのよ! あの子が提示したこの条件、『1.人型でかっこいい! 2.大きい! 3.強い!』。何これバカにしてるの?」
プンスカ怒りながら弓佳ちゃんの出したメールっぽいふざけた文章を僕に見せ付けてくる風見さん。
あー。これには僕と東藤さんも苦労させられたなぁ。そもそも定義がめちゃくちゃだからなぁ。
「あ、これなら僕らもかなり文句を言ったから……、クリックしてみてよ」
と、いいつつ僕は風見さんのタブレットに触れて、メールの文章を触る。すると別のページが開かれて、詳細な条件がそこには記されていた。
「あら、こんなのあったの……って、全長18m以上ってやっぱりバカじゃないの。ていうかそもそもなんで人型なのかしら?」
食い入るように条件を眺めつつ百面相を見せる彼女を見ていると、まるで少し前の僕と東藤さんの姿を見ているかのようでなんだか笑えてくる。
正直この条件を見ているとどんどん弓佳ちゃんが嫌いになりそうな気がするからなぁ。『人型』の定義から始まって、続くのは大きさやら見た目やら細かいことがびっしりと書き込んである。
それを無事クリアしたのが『桜改』だということだ。
「まぁそれは強いて言うなら『浪漫』だね」
「は? 何が?」
「『人型』の理由だよ。僕や東堂さんや弓佳ちゃんにとって、大切なのは『実用性』じゃない。『象徴』としての『浪漫』なんだよ」
「……? 何言ってるかよくわかんないわ」
風見さんは訝しげな視線で僕を眺める。
まぁ別にわかってもらえるとは思っていない。そもそも以前から様々な人にバカにされながら作ってきたんだ。今更その人数が一人増えた所でどうだってことはないさ。
「正直、その『強い!』の所は無視していいよ。僕らも重り代わりの刀を装備させて弓佳ちゃんを誤魔化してるし」
そこまで言うと、風見さんは呆れたように溜め息をついた。
「ねぇ。貴方はどうしてこんな無茶苦茶なロボットを作ろうとしてるの? 貴方ばっかり損してるじゃない」
「どうしてって……」
「こんな非現実的な兵器を作ろうなんて私にはてんで理解出来ないわ。あ、貴方もしかしてあの子の事が好きなの?」
「す、す、す、!? ち、違うよ! 弓佳ちゃんはそんなんじゃなくて……」
「じゃあどうして? 貴方の提供してる資材の量はそれこそリアルマネーに換算しても相当な金額分はあるわよ?」
「ぼ、僕も人型ロボットは好きだし、行為にロマンを感じるし、なにより……」
「なにより?」
「弓佳ちゃんには感謝してるんだ。だから僕は彼女の願いを叶えてあげたい」
ガンダムで言う『ジークジオン』、コードギアスで言う『オールハイルブリタニア』、ヴァルヴレイヴで言う『ブリッツンデーゲン』。
こういうカッコいい挨拶?号令?に憧れます。『悠久機プロジェクト』組に言わせるとしたら何がいいかな。
『エターナルフレームフォーエバー!』(悠久機よ永遠に)、とかどうでしょう笑。
もう関係なく『ユニヴァァァス!』とか言わせようかなぁ。