桜改突撃作戦
一瞬時が止まったように感じる。パラシュートが開いた座席は、僕と一緒に空中をゆっくりと舞うようにヒラヒラと降りていく。
真下に『桜改』の背中が見える。
が、次の瞬間吸い込まれるように機体が砂に向かって激突し始めた。
そして巻き起こる爆音と爆風。まるで鼓膜を直接叩かれたような衝撃と、パラシュートもろとも持っていきそうな風が僕を襲った。
爆音とともに大量の流砂が舞い上がり、僕は咄嗟に目を瞑り、耳を塞ぐ。
遂に『桜改』が落下した。僕は空中で健在な点については作戦成功だ。だけど『桜改』という名の質量弾が『風見レオパルド』を捉えられたかどうかは分からない。
最後の最後で機体を傾けちゃったからなぁ。敵主砲が直撃するよりいいと思ったけど、今から考えると気にせず突撃した方がよかったのかも知れない。
僕は座席の後ろに備え付けられているリュックサックに手を伸ばし、それをしっかりと掴んで手元に引き寄せる。
これこそ僕の秘密兵器。東藤さんに『お願い』していた『オペレーションユミーカ』の真髄。
僕はそのリュックサックからヘッドホンセットを取りだし、頭に装着する。
「もしもし? 東藤さん? 聞こえる?」
『聞こえてます! ふぇありーさん大丈夫ですか!?』
「うん。僕は平気。どう? 敵戦車は破壊出来た?」
『……いえ。直撃は避けられたようです。その証拠に、今もエリクサー反応が継続しています』
辛そうな東藤さんの声。土煙に紛れて敵戦車の位置は分からないけれど、どうやらまだ稼働しているみたい。
『本当にプランBを実施するのですか?』
「……うん。こうなったら仕方ないよ。幸いリュックサックも無事だし視界も悪い、何とかなると思う」
『わかりました。では、健闘を祈ります』
そこまで言うと僕はリュックサックを背中に背負い、パラシュートを切り離した。その途端、僕の体は自由落下を始める。
そして着地。体を丸め、衝撃を逃がす。
辺りはすっかり砂が舞い上がっており、自分の足元すら満足に見ることは出来ないほどに視界が悪くなっていた。
僕はリュックサックから赤外線ゴーグルを取りだし、頭に装着する。すると、色のグラデーションで表現された世界が目に飛び込んできた。
赤外線ゴーグルとは熱源を探知するゴーグルで、熱が発する赤外線を捉え、それを視覚化する装置だ。要するには熱いものは赤く写り、冷たいものは青く写してくれる。
その色のグラデーションで表現された世界の中で、砂丘の上に一際赤い大きな物体が横たわっているのが見えた。あれは『風見レオパルド』かな?
いや、『桜改』の破片か。そしてそのすぐ後ろに隠れるように、『風見レオパルド』が砂から抜け出そうとしているのが目に入ってきた。
『桜改』は直撃こそはしなかったものの、砂に埋もれさせるくらいの働きはしたらしい。
「敵戦車発見。うーん、残念ながら無傷……かな? 砂に埋もれている気はするけど」
100トン以上のそれなりに速度を持った質量が至近距離で落下してきたんだ。それこそ運動エネルギーに換算してもバカでもないエネルギーがあったはず。
まさかそんな中で無傷だったとはにわかには信じられないから、どこかしらの損傷はあるだろうが、現状それは見られない。
くそ。そんな簡単にはいかないか。
『そうですか……。すいません、ふぇありーさんの資材を大量に使ったのに何の成果も残せないで……』
「いやいや気にしないで! 僕のミスでもあるんだから!」
『しかし……』
「いいからいいから! それにこれは『殲滅戦』だからね。最終的に立ってたチームが勝ちだし!」
そう。ルールは『殲滅戦』なんだ。別に兵器がいくら壊れようが勝ち負けには関係ない。今回の戦いの主旨からは外れてしまっている気がするけれど、まぁそんなことは関係ないんだ! 負けて為す術もなく『風見鶏騎士団』に接収されてしまうよりは卑怯な手を使ってでも勝てる方がいくらかでもマシだ。
『で、どうやって『風見レオパルド』を破壊するんですか?』
「え? こうやってさ!」
僕はリュックサックの中から『クランチLAW』を取り出し、装填作業を行い、安全装置を外した。
『クランチLAW』とは、アリシアさんが弓佳ちゃんに買わせた対戦車ミサイルで、後部を引き伸ばす事で発射可能になる小型の使い捨てロケットランチャーだ。筒状の使い捨ての兵器で、一兵士が持ち歩くことが出来る大きさとなっている。
アリシアさんが売っている兵器だから、どうせかなりの改造が施されているだろうが、流石にこれ単体で戦車の装甲を撃ち抜くことは出来ない。いくら装甲が薄いといっても戦車なんだ。侮らない方がいい。
けれど……。
「よっと!」
僕は『クランチLAW』を肩にかつぎ、アイアンサイトを覗きながら引き金を引いた。
推進材が背後に盛大に噴出する音を肌に感じなから、『クランチLAW』の弾頭がほぼ無反動で『風見レオパルド』へ向けて発射される。
そしてそのまま弾は吸い込まれるように『風見レオパルド』に直撃し、爆風が辺りに舞う砂を吹き飛ばす。
『やりましたか!?』
「いやいやまだだよ。履帯を狙っただけだからね」
履帯とは言わば戦車のキャタピラ部分の事だ。それほど修理に時間はかからないけれど、取り合えず今はこれでいい。もう『風見レオパルド』は動けない。
砂に埋もれて、かつ履帯もない。今の戦車は手足をもがれた肉食動物のようだ。迫力もなければ威厳もなく、あとは僕という狩人に狩られるのを待つ、牙を抜かれた獣。
だけど、手負いの獣というものは恐ろしい。
『敵主砲動作確認! ふぇありーさんを捉えたようです! 敵も赤外線センサーを備え付けている模様です! に、逃げてください!』
「落ち着いて東藤さん。敵の装填砲弾はAPFSDS弾だよ。だから直撃しない限りは大丈夫」
『そ、そうなんですか?』
「そうだよ。加えてこの流砂の中、半分砂に埋もれた車体で人間に狙いをつけるなんて不可能だよ。さらに機体も傾いてるだろうしね」
APFSDS弾とは、戦車装甲を圧倒的速度がもたらす運動エネルギーで撃ち抜く弾で、人を狙うには極めて不向きな弾だ。
僕はその場の砂丘に身を隠すように伏せると、次の瞬間、空気全体を叩くような音がした。するとそれとほぼ同時に僕の右3m地点の砂が吹き飛び、続いて装弾筒の破片が砂丘に突き刺さる音が聞こえる。
弾き飛ばされてきた砂が僕を襲い、僕は思わず顔をしかめた。
『ふ、ふぇありーさん?』
「大丈夫大丈夫当たってないよ。今から戦車をぶっ壊すから見ててね」
『は、はい!』
僕は『クランチLAW』をその場に投げ捨て、『風見レオパルド』へ向けて走り出す。
その際にリュックサックからお弁当箱サイズの『激化C4』を取り出し、両手でしっかりと掴む。
これもアリシアさんに買わされた『対戦車用爆弾』だ。本来は破壊工作当に用いられるC4プラスチック爆弾に、改良に改良を重ねて戦車を吹き飛ばす程の威力を秘めた化け物爆弾だ。
この爆弾一つだけでは通常の戦車の完全破壊は難しいだろうが、相手は装甲の薄い『風見レオパルド』だ。しかもその中でも最も防御力の低い上面装甲を狙えばあんな戦車一撃でお陀仏だろう。
ていうか『クランチLAW 』といい、『激化C4』といい、アリシアさんはこの展開を読んでいたのか問いただしたい程に完璧な押し売りだよ。何だかんだで有用な武器を格安で売ってもらってるからね。本当に何者何だろうあの人。
『敵戦車のエリクサー反応が増大! 高速移動来ます!』
僕が『風見レオパルド』に近付いた瞬間、敵戦車は車体後部全体を赤く輝かせた。そして驚異的なスピードで履帯が回転を始める。
「風見さん、戦いとは常に二手三手先を考えるものだよ」
が、履帯は完全に空回りしていた。生きている片方の履帯は物凄いスピードで動いているが、悲しく砂を吹き飛ばしているだけだ。
ふん。片方の履帯は壊れていてなおかつ砂に埋もれた状態で、いくらエリクサーを使ったとしても加速なんて出来るはずないじゃないか。風見さん、焦っているのかな?
ついに僕は『風見レオパルド』に到達し、戦車によじ登った。そして流れるような作業で上面装甲に『激化C4』を設置。
よし。これでよし。じゃあね『風見レオパルド』。
しかし僕がスイッチを片手に離脱しようとした瞬間、目の前の戦車のハッチが開いて中から迷彩服に身を包んだ女の子が上半身を飛び出してきた。
片手にハンドガンを持ち、銃口を僕に向けている。
「待ちなさい! 閃光の妖精」
いつか見た勝ち気な瞳を怒りに染めた彼女は『風見風子』さんだ。
しまった。銃器はリュックサックの中だ。随伴歩兵がいないからって油断しすぎたか。
「だからその名で呼ばないでって言ってるでしょ?」
「完全に貴方個人の力を甘く見ていたわ。まさか一兵士として戦車に戦いを挑んでくるなんて夢にも思わなかったもの。でもこれで私の勝利は確定ね」
「そう? 僕がこのスイッチを押せばどうなるか分からないと思うけど」
風見さんはチラリと彼女の真横に仕掛けられた爆弾に目をやった。
ここでアレを爆弾させれば、どちらが勝つかは分からない。戦車の乗員全員が吹き飛ぶのが先か、それとも僕が吹き飛ぶのが先か。
「いえ。貴方の負けよ」
「どうして? だったらこのスイッチを押してみようか?」
「私たちには狙撃兵がいるからね。例え『風見レオパルド』がやられたとしても、この勝負は私たちの勝ちよ」
と、いけしゃあしゃあと語る風見さん。
口調には自信が溢れてはいるが、知略に長けている風見さんの事だ。ひょっとするとブラフかも知れない。
僕は真っ直ぐに彼女の目を見つめ、口を開いた。
「まぁ、だからといって壊さない理由はないよね」
「あ、ちょっ! 待ちなさい! 撃つわよ!」
そして僕はスイッチを握り締め、何の迷いもなく『激化C4』を起爆させた。
ーーーーーーー
「認めないわよこんなの!」
帰ってきましたブリーフィングルームwith風見さん。彼女は煤の付いた迷彩服に身を包み、手には手錠をかけられている。
そしてそんな風見さんに対して半分くらい笑いながら詰め寄っていく弓佳ちゃん。
「でも『殲滅戦』としてはそっちの負けだよ?」
「ぐっ……! で、でも兵器対決でしょ! あんなの只の質量弾じゃない! 兵器じゃなくて弾薬よ!」
「あっはっはっ。負け犬が何かほざいとるなぁー東藤ちゃん」
「そうですね。見苦しいです」
東藤さんに無表情に笑われ、悔しそうに下を噛む風見さん。汚れた衣服に手錠がこれ以上ないくらい敗北感を煽っている。
「ま、まぁまぁ。実際僕らが勝てたのだってまぐれなんだし……」
そう。風見さんの最後の警告はブラフでも何でもなかった。
彼女は僕対策として本当に遠距離からの狙撃兵を配置していたらしい。真に戦いを二手三手先まで考えていたのは彼女だったのだ。
それがまさか弓佳ちゃんの『桜改 ver.弓佳ちゃん』に押し潰されたなんて誰が予想出来るだろうか。
戦いはいくら先まで考えてもダメだって事だなぁ。
まぁその結果弓佳ちゃんだけが生き残り、僕たちのチームが無事勝利を収めたということだ。なんたる理不尽。風見さんがゲームの勝敗について納得いかないのも無理はない。
勝負に勝って試合に負けた、ってのはまさしく今回の風見さんの事を言うんだろうなぁ。
「まぁ何にしても約束は約束だからね! 『悠久機』の機体設計、担当してもらうよ?」
と、弓佳ちゃんが言うと、東藤さんがそれに合わせて『桜改』の3D設計図を目の前のモニターに写し出した。
それを見た瞬間の風見さんの嫌そうなこと嫌そうなこと。これ以上汚いものは見たことがないとでも言いたげな視線で『桜改』を見つめている。
「ちょっと待ちなさい。ひょっとしてそれが『悠久機』とでも言うんじゃないてしょうね?」
「そうだよ! 思索に試作を重ねた実験機だけど、性能は風見さんが知っている通りだね!」
そして相変わらず怪訝そうな顔をした風見さんは、手錠を持ち上げつつ『桜改』を指差し、胡散臭そうに口を開いた。
「ねぇ……そのロボットってそもそも歩けるの?」
『追加装備』的なゴッテゴテしたやつってカッコいいてすよねぇ。あれって今思うと、小説的にも足りない性能を簡単に添付できるからいいかも知れませんね。開発も機体を新造するよりは簡単でしょうし。
『桜改』をゴッテゴテにしようかなぁ。